むさくるしい暑さ。湿り気に包まれた風が、肌に触れる。マニラに着いた。
ターミナル3からターミナル2に移動する前に、ウェンディーズでベジタブルバーガーを食べる。

◎          ◎ 

今回の旅の最終目的地はエルニド。フィリピン最後の秘境の地と謳われている、海が綺麗でシュノーケリングができる場所。

セットドリンクの選択肢はなく、氷を沢山入れたカップに、オレンジジュースと麦茶を足して2で割ったような味がするものが出てきた。蒸し暑い中でキンキンに冷えた飲み物は良い。その不味さよりも意外にも冷たさの効用が勝った。バーガーはまあまあ、それでもお腹が空いていたから美味しい。

今は深夜11時。仕事終わりに直接福岡空港へ向かい飛び立った。フライドポテトを食べ、入国審査で初めて話したフィリピン人の威圧感を思い返し、心臓が縮む。これから始まる3泊4日の旅に、背筋が伸びる。さて、ターミナル2へ向かおうか。

◎          ◎ 

……とここで私の話。私は訪問看護という職場で働いている。血を見るだけで貧血を起こす私には、到底できない仕事をしている看護師の方々を、日々目の当たりにしながら、私は事務としてここにいる。その平穏に私ってここに居ていいんだっけ?と毎日心と話していた。

今の現実から逃げ出したいと、今回の旅は始まった。これは逃避行。深く知らない国に行きたい。中学英文法の問題集を1ヶ月で解いたから、英語ならなんとかなるだろう。安く行けて英語が通じる場所、ついでに綺麗な景色を観られたら。心魅かれる写真を見つけたのは、実家のトイレの中にて、#フィリピン旅行 とInstagramを検索したときだ。エルニドの海の美しさ、岸壁、都心から外れた島、そのどれもに魅かれた。余計な迷いを生まないよう、それからすぐに航空券を取り、宿泊先も決めた。宿は、評価が高く手頃で、港が近い立地が決め手だった。

◎          ◎ 

実際の旅は、出逢い多く、奇想天外なものとなった。
1日目、着いて早々、ウンコを踏んだ。運が付く、というからまあいい。散歩をすると、子供達から「HELLO!」と笑顔で手を振られ、ハイタッチを求められた。
初日のホテルのベッドは心地よかったけど、ロッカーにアリが登って行列をなしていた時は本当に引いたし、その後オートロックに締め出され、翌朝までフロントのソファで眠るという体験をした。

2日目、シュノーケリングツアーで海を潜り、カヌーを漕ぎ、そこで出逢った同い年の女性とその家族と、4人でトゥクトゥクに鮨詰めで乗り、美味しいご飯を食べ、ディスコで踊り、ビリヤードをし、露店の賭博を教えてもらった。

3日目は二日酔いな朝。土産収集と市場へ散歩。海で青年に握手を求められ、アクセサリーを売られるのかなと思ったら、ただ「Thank you!」と言われ去っていった。わたしゃアイドルか!とつっこんだ。
日本語が堪能なツアーガイドをしている現地人と出逢い、オートバイに乗って、夜のエルニドを駆け回り、チキンを食べ、失恋話を聞いた。仕事に明け暮れて恋愛をなおざりにするのは馬鹿よと言っていた。

◎          ◎ 

4日目、エルニドを発つ日、ホテルにデポジットとして預けていた1000ペソは、綺麗な紙幣となって返ってきた。フィリピンの紙幣は通常、折り目と汗でクタクタだ。このホテルのオーナーの配慮に感謝する。早朝4時にホテルを出てすぐ、野良犬3匹に追いかけられた時は、さすがに身の危険を感じたけど、タコス屋の兄さんに助けられ、無事空港へと向かうトゥクトゥクに乗ることができた。トゥクトゥク兄さんは同い年で、意気投合した。下車後「I love you!」と背中に向かって叫んでくれた兄さんの声に、グッドラックのハンドサインを送る。兄さんの笑い声が聞こえた。最高と最悪の繰り返しだったこの土地に、私は別れを告げた。

◎          ◎ 

福岡空港に帰ってきた。
まもなくいつもの今日が始まる。4日前の生活が再開するだけなのに、なんだか悔しくて仕方がない。
コロナ渦で友達を亡くし、荒っぽい言葉と、新社会人という立場に負けて、作品を作る現場から逃げ出した私。

この密度濃い3泊4日の旅を、その景色を、体験を、その素晴らしさを、なににも昇華させない私は、本当に私なのだろうか。
悩んだって信じるしかない。
旅に出る前より、確実に3mmは、新しい世界が開けている、と。