「どうして心理学部に進学なさったんですか?」

新卒採用で面接官から腐るほど問われたこの問いに、私はいつもこう答えていた。

「高校生の頃に交通事故で大怪我をした際、誰かの声かけでリハビリへのモチベーションが上がったり下がったりする経験をしました。その経験から、人間の意欲や心の作用について知りたいと思い、心理学部への進学を決めました」

すると多くの場合、面接官からは続いてこのように問われた。

「それでは、その学びは弊社へ入社後、どのように活かせると思いますか?」

何度も聞かれたはずのこの問いに対しては、当時自分がどのように答えていたのか、どうしてもよく思い出せない。

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そもそも、私は一般企業への就職志望ではなかった。
高校時代の経験から、復学するまで励まし続けてくれた先生たちのように、教員になって子どもたちの力になることが夢だった。
けれど進学先を決める際、人間の意欲の根源について勉強することは将来子どもたちと関わる上でもきっと役に立つはずだと思い、教員養成系の学部ではなく心理学部へ進学し、教職課程は別で履修して、教員免許を取得しようと考えたのだ。それが失敗だった。

大学に通ったことがある方ならご存知だとは思うけれど、教員養成系の学部以外の学生が自分の専攻を学びながら教職課程を別で履修することは、決して簡単なことではない。
私だって、検索エンジンで「教職課程」と調べると「教職課程 忙しい」「教職課程 大変」といったよう文言がサジェストされることくらいは知っていたけれど、それは必修科目以外にも取る授業が増えるからしょうがないことであって、自分の努力次第でどうにでもなると思い込んでいた。何が大変なのか、なぜ忙しいのか、本当の意味を理解していなかったのだ。
だから、大学へ入学してからシラバスを見て、私は絶句した。日中の時間に教職課程の授業は開講していなかったのだ。

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よく考えれば当たり前のことなのだが、それぞれの学部の必修の授業と被らない時間でないとそもそも履修できないため、教職課程は必修の授業が終わった後の平日夜や、土曜日に授業があったのだ。馬鹿な私はこれを知らなかった。
私は奨学金とアルバイトで学費を賄い、実家から片道2時間かけて大学に通っていたので、必修の授業が終わった後の平日夜や、授業のない土日はアルバイトをしなければならなかったのだ。

地元でバイトをするには、教職課程の授業が始まる前に大学を出て、真っ直ぐ電車に乗らなければならない。教職課程の授業を受けてから大学のそばでアルバイトをするとしたら、終電までの2時間ほどしか働けず、それだと学費が払えない。アルバイトをしながら教職課程の授業に出るためには大学近くで一人暮らしをするしか方法がなかったけれど、学費の支払いだけでいっぱいいっぱいで、とてもじゃないけれど実家を出るためのお金なんて用意できなかった。

こうして、始まって1週間も経たずに私の大学生活は詰んでしまったのだ。
だから卒業時には潔く、内定をもらえた中で1番給与の条件が高く、福利厚生が整っていそうだった小売の企業へと就職を決めた。

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はじめ、私は物を売る仕事には全く興味がなかったけれど、小売の仕事は客の「買いたい」という意欲を引き出す仕事で、大学での学びと通ずるところがあると気付いてからは、売場を作ったり、接客をする仕事が格段に面白く思えるようになり、気付けば私は販売員として、会社から表彰されるまでになっていた。

その会社で役職が付いてからは、部下や後輩を育てたり、アルバイトを採用する仕事も任せてもらえるようになり、その実績で転職。現在は子どもに関する福祉の事業を行う会社で、人事として、社員教育や新卒採用を行っている。
直接的に子どもたちの力になれる仕事には就けなかったけれど、回り回って、間接的に子どもたちを支援する仕事に就くことができたのだ。

あの時何度も問われた「大学で学んだことを弊社へ入社後、どのように活かせると思いますか?」という問い。今でもなんと答えるのが正解なのか分からない。
だから私は面接官として「大学で学んだことを活かして、どんな社会人になりたいですか?」と、ウチの会社に限った話ではなく、目の前の学生の夢を聞くようにしている。
その上で、ウチの会社に少しでも興味を持って入社してもらうこと、入社後も仕事を楽しいと思ってもらえるような研修を作ることが私の仕事。
彼ら・彼女らの向こうにいる子どもたちの笑顔を想像して、毎日仕事をしている。

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あの頃の私へ。
あなた自身もどこに続いているのか分からない道に踏み出したこと、自分の無知さに嫌気がさして、後悔したことが何回もあったね。
あなたの道は夢には続いていなかったかもしれないけれど、与えられた場所で、自分にできることを考えて、人生を楽しんでくれてありがとう。
遠回りをして、回り道をして、今、あの頃のあなたの学びはたくさんの子どもたちの笑顔に繋がっているよ。私はそう信じて日々仕事に邁進し、あなたの学びを、これからの私の未来に繋げていくからね。