私は生粋の生物屋である。祖父の影響で幼い頃から生き物が大好きだった。今まで挙げてきた将来の夢は、お医者さん、植物のお医者さん、水族館のスタッフ、そして今の目標である研究者。驚くほど生物系ばかりである。だから初めて文系、理系という分類があることを知った時から自分は理系だなあ、と思っていた。

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高校生になって、文理選択の時期になった。数学がだんだん難しくなり苦手意識を持ち始めていたが、やりたいことで文理を決めるのだから当然理系だ!と即決した。同じような興味を持っていた友達がいたので、当然理系だよね、と尋ねたら、「え、うち数学できないからどうしようか迷ってる」と言われて衝撃を受けた。

私だって数学は苦手だったが、学びたいことを学べて就きたい職につけるなら数学くらいやってみせる!と言い聞かせていたのに、なんでそんな理由で進路決めちゃうの?と思った。担任の先生も当然その子に理系に進むよう勧めるだろうと思っていたら、数学を頑張らないといけなくなるから考えないといけないね、なんて言ったらしい。結局その子は理系に進んだのだが、私はしばらくモヤモヤしていた。他にも何を学びたいのか分からないから成績で文理を決めると言う子がたくさんいて、衝撃を受けたことを覚えている。

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今の社会のシステム的に、学力がないと大学にも行けないし就きたい職業にもつけないことは分かっている。だけど、できない教科があるからという理由で文理選択をするなんて、あまりに馬鹿げている。そんな軽い感じで決めてしまうから、大学生になって遊び呆けてしまったり学ぶ意味を見失ったりする人が出てくるのだろう。

私が興味のある分野を決めるのが早すぎたことは認める。だが、それも小さい頃からたくさんのことを経験させてもらっていたからこそだと思う。興味のある分野が多すぎて決めきれないというのは納得できる。でも、高校に入るまで15年くらい生きてきて、興味があるものが何もない、というのはどういうことだろう。今まさに悩んでいる人には申し訳ないが、そう思ってしまう。

興味があるって何だろう。周りが迷っている中で、そう考えたことも何度かあった。生物がずっと好きだからといって理系を選ぶのは安直すぎなのかもしれない、と。だけど、他に何がある?私の武器は「生物好き」しかない。それならそれに懸けてみるしかないのではないか、と思ったのだ。

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理系を選んでから2年間、高校では理系科目中心の授業を受けてきた。その後大学に入って、今は文系の講義もいくつか受けている。そこで気づいたことは、私はやっぱり理系だということだった。

それを特に感じるのは、芸術学の講義で教授が前回の講義に寄せられた感想を紹介する時だ。私には到底理解できない感性や豊かな背景知識に基づいた考察が寄せられていて、同世代の学生が書いたものとはにわかに信じがたい。もし文系に進んでいたらこの境地に自分も達していたのか?ないない、そんなこと。対して理系科目、特に生物系の講義でなら、私も何とかついていけている気がする。高校時代まともに受けていなかったせいで物理は散々だが。
私が理系を選んだ理由。それはひとえに、私はそこでしか戦えないと思ったからだ。