幼い頃から現在にかけて、自分の容姿に異常なまでに囚われている。街を歩けば、すれ違う人と自分を比べては落ち込む。
あの人のほうが、女の子って感じでかわいい……。この人は笑顔がいいから人懐っこい性格なんだろうな。そう思いながら、自分で自分の心に陰を落としまくっている。
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親や友達から貴方はかわいいと言われて育ってきてるわけではないが、自分では普通にかわいいと思って生きてきた。自分のことが好きだったから、そこそこ自己肯定感があった。そんな私が、人生で初めて恋をしたのは大学生の時だ。それまで、顔がかっこいいと思うことはあっても、性格が好きになれないなどの理由で、誰かを好きになることから逃げていた。
初恋と呼んでいいくらい、私に人を好きになることを教えてくれた彼を意識するようになったのは、その容姿、顔の造形より、なにより惹かれたのは性格だった。いつでも、私の心に寄り添ってくれ、人の心にそっと明かりを灯してくれる温かい笑顔がいまでも忘れられない。
彼とお茶をする約束をした日。私は、いつも以上に化粧や身だしなみに力を入れた。この日のために用意した、肌馴染みの良いリップを付け、気合十分だった。待ち合わせ場所についた彼はいつになく元気があり、笑顔で出迎えてくれた。お店について、しばらくして彼の口から聞きたくなかった言葉を聞くことになる。
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「俺さ、〇〇と付き合うことになったんだよね」
耳を疑った。〇〇は私の大親友だ。私とお茶をしたのは、〇〇がもうすぐ誕生日だから何をプレゼントしたら喜んでくれるか情報収集をしたかったからだとのことだった。
そこから、お茶の味はしなくなり彼に〇〇の好きなものを教えて帰路についた。
彼と個人的に会うと分かってから、当日までフワフワとした高揚気分を持っていたのに、一瞬で打ち砕かれた。
メイクもお気に入りのリップもすべて彼のために買い揃えたのに。全部意味なかったのかな。両目から溢れる液体のせいで、顔がぐちゃぐちゃだ。彼を勝手に好きになったのは私だ。
「今日、いつもよりかわいいね」
メイクや服装でも良いから少しくらい褒めて欲しかったな。
誰にでも褒めてほしいわけじゃないんだって気付いた。好きな人だから、認めてほしいんだ。
自分の顔のコンプレックスをメイクの力で打ち消す。いくらでもかわいくなれる時代だ。いつになったら聞けるのかな。かわいいの一言を聞くことがこんなに難しいだなんて、大人になるまで知らなかったよ。
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新作のコスメ情報は、入念にリサーチする。最新情報のアップデートに余念がない。発売日当日、お店に足を運び、テスターを手の甲に塗布して肌馴染みを確かめる。
「めっちゃかわいいー!似合ってる」
声がする方を向くと、女子高生と思わしき二人組の女の子が何やら和気藹々としている。スラリとした体型、余白がない顔に大きな瞳、初めて会ったのに釘付けになった。
心を奪われるってこういうことなのかな。かわいいって分からない。かわいいになりたい。分かるようで分からない、モヤが私を覆う。もしかしたら、好きになってもらうよりかわいいのほうが難しいのかな、なんて思って眠れない日もある。
私は、今日もメイクする。昨日買ったばかりのコスメに手を伸ばし、作り笑顔で入念に土台を作っていく。まだ見ぬ貴方に、いつか出会うかもしれない好きになれる人に、かわいいと思われたくて。