可愛い。なんて一見気持ちの良くなる褒め言葉に見えて実は最高に胸糞悪い麻薬だと気付くのに私達は一体あと何年掛かるのだろう。

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小さい頃からずっと学校で苛められてきた。太ってたからだ。
他の小枝のように細い子達の中で格段に図体がデカくどの学年に上がっても嫌というほど目立つ存在で居続けた私。周囲からはその場で手を変え品を変え様々な言葉や行動が向けられてきたものの、私に対するそれらの真意を簡単に咀嚼すると要はデブ、そしてブスだった。

小学校も中学校も大嫌いだった。高校は定時制に通い、ニ年の途中までグループ関係なく皆と仲が良かった。相変わらず抜きん出て太っていたけれど、女子が少なかったからかどの男子からも割と優しく接して貰っていた。

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二年の始業式の日、ある一人の女の子が転入生として入ってきた。そしてその子が学年にやってきてからクラスの雰囲気がガラリと変わっていくのを痛いくらいに肌で感じたあの瞬間を今でも私はずっと生々しく記憶に残っている。

その子は可愛かった。パッチリ大きなお目々にバランスの良い各パーツ。可愛らしい蜜飴のような声。勿論、特にガリガリでもなく太ってるわけでもない。言わばモデルのような、当たり前に可愛らしい、女の子。なんなら名前だってその風貌じゃないと付けてはいけないほどのそれはとても印象のある名前だった。

性格はジョークも通じて誰彼別け隔てなく優しい。成績も特に良くも無く悪くもない。センスも完璧でメイクも上手い。本当に、本当に“可愛い私”が世の中に通じるような女の子だった。

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私はその子と人並みに仲は良かったから喋る場面なんぞ沢山有った。そしていつも彼女を目の前にしては内心「それは、確かに、こんなに可愛いかったら性格だって良くなるに決まってるよな」と感じていた。

恐らく1000回は冷静にいつだって新鮮な気持ちで考えていたと思う。

当然その子は一瞬で人気者になった。他クラスからも下の学年からもその子に一目会いたいとドアの付近で貴女を待つ光景を今書きながら思い出した。もしくは貴女の誕生日には机に溢れんばかりのプレゼントが置かれていて、貴女が嬉しそうに皆からのプレゼントを当時流行りだしたばかりのインスタに上げていたことも同時に思い出した。

私はそれを後ろで眺めてはそういう“いかにも”な、青春像に酷く喉が渇いてしょうがなかった。

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羨ましかったのだ。素直に。貴女が。

今まで身なりなんぞに興味もなかった男の子達が貴女に褒めてもらおうと努力や猫撫声で貴女を持て囃す姿勢が、いつも周りを囲っている男女のもつれ具合に満遍なく肩入れしている貴女の環境が。今の私からしてみたら馬鹿みたいに面倒くさくて断固お断り姿勢まっしぐらだが、しかし当時の私にとっては羨ましくてしょうがなかったのだ。

そして彼女のことは今でも決して嫌いではないし寧ろやっぱりあの子は可愛かったなぁとしみじみと思い返すくらいには彼女に悪意なんて一つもないけれど、でもその代わり彼女の出現によってそれまで平等に接してくれていた男の子達の半分がびっくりするくらい冷たくなっては気付くとすっかり体型のことで遅かれながらもイジってくるようになったのには何だかもう清々しいくらいに露骨な人間性を垣間見たのだ。

そこから時を経て現在。私は普通体型になりそれまで体型を気にして履けなかった物を身に着けそれこそ男性から可愛いという言葉をよく貰うようになった。ナンパだってされるし夜職のスカウトマンに駅の中まで付き纏われて怖い思いをしたことだって何度もある。でも、私の心は昔からずっと変わらず、私が見ている"私"と、周りから見ている"私"の顔の差について数え切れないくらいに悩んで苦しんでは未だに答えが見つかっていない日々を送っている。そんなんだから私は大好きな親友とでさえ未だに写真だって撮れないのだ。

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可愛いってなんだろうね。

体型や生まれつきの顔を笑う人間なんて全員キモいしクソ面白くないから素直に不幸に逢えば良いと思うし、第一まともに考えて顔のパーツなんて自身で選んで産まれてこれる訳ではないのだからそもそもブスだとか可愛いだとかの対象になること自体が可笑しいのだ。
そんな分かりきったことを私だけでなく恐らく何人もの人が分かりきっている筈なのにそれでも見た目に対して私も含めて大勢の人間が強く必死な思いを込めてしまうのはきっとそういう思考が凄く早い段階で無理やり備え付けられてしまったからなのかもしれない。情けない。人間て本当にしんどい。しかし私の力ではどうにも出来ない。
だから代わりに小さく、そして深刻に願う。 

いつか可愛いという言葉が最高にダサくて最低に品のない死語として生まれ変わりますように。

いつか可愛いという言葉が人間に対しそもそも使われるべきではない、動物や雑貨、或いはぬいぐるみ等にのみ使用することの出来る言葉として生まれ変わりますように。