私は人付き合いが苦手で、どちらかと言えばあまり好きではない。仕事など必要な場面は仕方がないとして、なるべく人とのコミュニケーションを避けたいと思うことがしばしばある。
最近は特にそうだ。疲れが溜まっているのか、相手の些細な言動に反応してしまう。そのせいで感情的になって、勝手に負の感情を抱く。そして後になって感情の波が激しい自分に嫌気がさす。その繰り返しだ。
そんな私だが、実は接客が得意である。
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接客が得意である第一の理由はおそらく母の影響だと思う。私の母は複数の仕事、特にサービス業を経験しており、現在も販売・接客のパートをしている。仕事中の母のコミュニケーション力や対応力は、側から見ても高い方だと思う。幼い頃からその姿を見てきたせいか、私のイメージする接客の水準が他の人よりも高くなってしまったのかもしれない。
大学に進学し、アルバイトは自然な流れで接客業を選んだ。ショッピングモール内のフードコートの一飲食店という結構忙しない職場だ。人生で初めてのアルバイトに期待と不安を覚えたことが今では懐かしい。
働き始めて数回目のシフトで、店長に「覚えがいいね」「仕事できるね」と褒められた。褒められるのは嬉しいのだが、「まだ働き始めたばかりなのに?」とポカンとする私がいた。
職場に慣れるための時間は、思ったほどかからなかった。入ったばかりなのに率先して動き回りすぎて、他のバイトスタッフに「入ったばかりだからそこまでしなくても……」と注意されたことがあるくらいだ。
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調理や清掃など複数ある業務の中で一番好きだったのは接客だった。当時から人付き合いは苦手だったにも関わらず、お客さんに対して明るい接客をしていた。今振り返ると、「せめて母と同じくらいできるようにはしないと」という意識を持っていたのだと思う。
ただ、そういったしがらみを抜きにしても、接客中のコミュニケーションを楽しんでいる自分がいた。お客さんが笑顔を向けてくれたり感謝を伝えてくれたりするたびに嬉しくなった。
この他にも事務職や作業スタッフなど色々なアルバイトを経験したが、一番長く続いたのが接客業だった。大学を卒業したら、接客の仕事をする機会はほぼなくなるだろう。そう思っていたが、そんなことはなかった。
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現在、私はミュージアムで働いている。デスクワークがメインだが、定期的に開催される来館者向けイベントにも携わっている。周囲の様子を伺いながらイベント業務に取り組む中で、私が来館者対応をするという流れが自然と出来上がっていた。
いや、無意識で率先して取り組んでいるのだと思う。機材の準備や職員とのやりとりより、来館者の様子の方が気になってしまう。変な言い方だが、お客さんへ対応せずにはいられないのだ。
また、ミュージアムとは別で、他の施設で物販販売の仕事もしている。就職時に副業可と聞いていたため、せっかくだからもう一つ仕事をしようと思った時に、接客業をしたいという気持ちが真っ先に出てきたのだ。
物販販売の仕事自体は初めてだったが、すぐに主要な仕事内容を覚え、早い段階で仕事を任せてもらえるようになった。接客をはじめ、レジ打ちも在庫管理も苦ではない。最近はお客さんが商品に興味を持ってくれるようなPOP作りを率先して行っている。接客中のお客さんとの会話も学生時代同様、楽しんでいる。
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社会に出てからプライベートや仕事での人付き合いが億劫で塞ぎ込みがちなのに、なぜ私は接客業を通してお客さんと交流しようとするのだろう。正直、明確な答えは出ない。そういうものだ、私はそうしてしまう人間なんだと思っている。
ただ、接客業で全くの他人と言葉を交わすことで、息抜きをしている自覚はある。普段の人間関係で抱いてしまうネガティブな感情を、接客を通して得られるポジティブな感情でリカバーしているのかもしれない。
人が苦手な私が、人に救われている。そのことを不思議に思いながら、自宅のベッドの上で「次はどんなPOPを作ろうかな」と考えている。