この世に生まれ落ちて早22年、私は恋というものをしたことがない。人を好きになることがどれだけ簡単か語られても理解できないが、逆に人を好きになることがどれだけ難しいことか教えられる。

人は人、自分は自分。私は他人のことを心の底から信頼したことはないし、自分と他人は所詮分かり合えない別の生き物だと諦めている節があり、そこからもう一歩先行って好意を抱くことが出来ない。なかなか面倒くさい人間なのだ(自覚済み)。

しかし、世の中のカップルは幸せをこれ見よがしに振り撒いてくるため、その鱗粉を浴びて「彼氏欲しい」気持ちは常にある。私のこれまでの人生男性関係は欠乏しているので、マッチングアプリから始めてみたのが2年前の話。

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そうしてマチアプを始めてしみじみ思う。ナンパってすごいな、と。
私の初めてのナンパの経験は、茅ヶ崎の祖父母の家に居候していたときのことだ。友だちと遊ぶために三島まで行っていた日の帰り、23時ごろの熱海駅で声をかけられた。

「お姉さん、どの駅で降ります?」

上京したてでナンパなんてされたこともなかった初心な私は、あっさりと自分の最寄駅を教えた。

「僕その駅まで行かないんですけど、ちょっとお話しませんか?」

ここでも初心な私は、よほど人懐っこい人なんだな、とアホ思考を持ち合わせ、あっさりとこの提案を飲んだ。

結論から言うと、彼は茅ヶ崎までついてきた。彼の最寄駅は湯河原駅で熱海駅の隣だったのだが、私と一緒に茅ヶ崎で降りて、挙げ句の果てにはカラオケも行こうと誘ってきた。

この時点ではさすがの私もこれがナンパであることに気づき、初めて向けられる異性からの好意に慄きながら全力疾走して逃げたのだが、今思えば彼はナンパ初心者だったのだろうと思う。
お話しませんか?と提案してきた割に大して話は面白くなかったし、私が質問を投げてもマニアックな回答が返ってきた。2人の間には1時間弱ずっと気まずい雰囲気が流れていたし、カラオケに行こうという提案も「門限があるので」という私の無理ある言い訳であっさりと引き下がった。

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マチアプを始めた今、あのときの彼の行動はよほど勇気を要したものだったんじゃないかと少し同情する。ただでさえ知らない人と恋愛を前提に話すことがストレスを要するのに、面と向かって会話をしたのだ。

プロフィールもわからない。相手が何者で、どういう思考と嗜好で日常を生きているのか、事前知識が無いまま声をかける。たとえワンチャンを狙っていたとしても、見た目だけで知らぬ人に「よかったらこの後一緒に過ごさないか」と持ちかけるのは度胸試しレベルの行動である。

それにしても彼は私の何に惹かれて声をかけてきたのだろうか。時期はまだコロナの名残がある頃。もちろんマスクをしていたし、冬だったので露出もしていない。目元くらいしか見える外見は無かったはずだが、だからかやたらと服を褒められた。

センスいいですね、なんて言われてもピンとこない。ピンとこなかったので途中までナンパだと気づかなかった。
今ではマチアプで慣れたように異性のプロフィールをシュッシュッとスワイプしている。シュッシュッするたび、私は1つずつ初心さを失っていくのだ。