あの子との出会いは、突然だった。
「おじいちゃん!わたし、これ欲しい!」
祖父と手を繋いでホームセンターに来た小さい頃の私。
私は小動物の販売コーナーにいた白いハムスターに釘付けだった。
「欲しい!欲しい!お世話するから買って!」
一目惚れしたスノーホワイトという種類のハムスター。小さくて、白くてぬいぐるみの様な愛らしさだった。
「動物のお世話は簡単じゃないんだよ、飼うなら責任を持つんだよ」
私にとっては初めての動物のお世話だった。渋っていた祖父も半泣きで欲しい欲しいとねだる孫に負け、財布から1000円札を1枚ペラリと出す。
「この子をください」
お札1枚、これがこの子の命の値段だった。
◎ ◎
帰りの車の中、初めて飼う動物の名前を必死に考えていた。
「そうだ!あなたのお名前ゆきみにする!」
途中寄ったコンビニで食べた雪見だいふくを思い出す。そしてハムスターを見る。まるでそっくりじゃない!なんだかしっくりきてしまい、白くもちもちなその背中にゆきみと名付けた。祖父は大切にしてあげなさい、とにっこり笑った。
それからは毎日ゆきみにべったりだった。
ハムスターの中ではよくお喋りをする方だったゆきみに愛着がわいたのである。
「ゆきみ~ごはんだよぉ~!」
種やリンゴをあげるとご機嫌に鳴く姿がたまらなく愛おしかった。
「キュッキュ!」
欲しかったモノからかわいい命に変わった。
◎ ◎
しかし、出会いと同じく別れも突然だった。
「ゆきみ~!かわいいねぇ~。ぎゅーてしてあげるね~!」
毎日毎日、飽きずにベタベタしていた。
フワフワを触るため顔を近づけた時に、ガブッと顎を噛まれた。
「いたいっ!噛んだぁ~!」
反射で手を離してしまいゆきみがポトリと床に落ちた。ホームセンターで出会った時から、意思表示が随分とハッキリした子であった。嬉しいと鳴いてユルい表情を見せ、嫌なことがあると噛む。その日はたまたま機嫌が悪く触られたくなかったのだろう。
「わるいこ!ゆうこと聞かないならお仕置だよ?!」
幼かった私の頭は、自分が噛まれたというショックとお人形のように思い通りにならなかったゆきみへの怒りでいっぱいだった。
「おそとで反省しなさい」
真冬の夜、ガララと乾いた音が鳴り冷たいベランダに1匹のハムスターが出される。
〝外で反省しなさい〟これは、私が幼い頃に父親から良くされていたことだ。噛んだゆきみは悪い子だから、私が懲らしめてやると何も疑わずにベランダにゆきみを締めだし外出した。
「ジーッ!ジッジッ!」
ゆきみは、こんなこと間違っていると訴えるようにずっとずっと、鳴き続けていた。
◎ ◎
帰宅後、家に入れてあげよう、そう思って出かけたはずが忘れて朝まで眠ってしまった。
そして早朝、珍しく険しい顔をした母親に叩き起こされた。
「ゆきみちゃん、昨日お外にだしたの?」
母親が持っていたケージにいたゆきみは私が外にだした時と同じ場所で目を見開きケージに掴まったまま動かなくなっていた。
「ゆきみ?動かないの、どうしたの?」
ケージからそおっと出し固まった背中を撫でる。
ゆきみは、冬のツンとした空気のように冷たくそして静かだった。
「ゆきみが死んじゃったの、わたしのせいだ」
失って初めて、生き物の命を預かるという難しさと責任の重さを感じた。
遅すぎるけど、おじいちゃんの言っていたことが、やっとわかった。最低なことをした、私には生き物を飼う資格が無かったんだ。そう思うと、胸がぺしゃんこに潰れるほど苦しかった。
謝る相手はもうおらず、許されることでもない。罪悪感から涙がとまらず、わあわあと声を上げて泣いた。
◎ ◎
ゆきみは短い一生の中で私に生きる上で大切なことをたくさん教えてくれた。
幼い私の小さな手のひらより、更に小さかったゆきみ。
飼い主も選べず、小さな体で毎日一生懸命生きていた命。
ゆきみからは、特に2つ大切なことを教わった。
嫌なことは嫌とハッキリしていたゆきみから、自分がされて嫌なことは人にしない。を教わった。
自分が嫌な気持ちの時、人からベタベタ触られて嬉しい人はいない。そして、ベランダに締め出されて鍵をかけられていたら為す術がないことも知っていたのに同じことをしてしまった。
そして、預かった命に責任を持つこと。
人形のように欲しいからと飼う(買う)のではなく最期まで愛すこと。
ゆきみは、身をもって命の尊さを教えてくれた。
◎ ◎
あれから、私も大人になった。
こんな無責任な私では動物を飼うことは出来ないと距離を置いた時期もあった。
しかし、今犬を飼っている。
実家で祖父母が飼っている犬が子供を産み縁あって迎えたのである。
幼い私の手のひらに収まったゆきみと違い新しい家族は幼少期からデカかった。
スクスク育ち人間でいえば、今年で96歳のご長寿わんこである。
あの子のおかげで今があることに感謝。
そして、1日1日老いていく今いる大切な命と向き合って過ごしていきたいと思う。
今度は、間違わないように。