私は青色が嫌いだ。
長い黒髪をたなびかせ、凛として歩く彼女は、青色が好きだった。
携帯も、リュックも、洋服も青色。
青色を追う彼の目線は、いつまでも彼女を視界に閉じ込めたまま。
私はいつだって、彼を追っているのに。
「私、祐伎ちゃんが大好きよ!」
どこまでも広く広がる青空を思わせる、まっすぐな瞳。
視界の端で、彼は今日もこちらを見ている。私ではなく、彼女を。
口の中で鉄臭い味を噛みしめながら、今日も私は彼女に笑う。
「私も大好きだよ」
そう言うと、決まって彼女は、無垢な少女のようにキャッキャと声をあげて、軽やかに笑う。彼女の瞳の中の私は、ちゃんと見えなかったけど、同じように笑えていただろうか。
◎ ◎
「あの子が好きなんでしょ?アプローチ、したらいいじゃん」
歪な笑みを浮かべて、私は彼に近付いた。
彼は一瞬目を見開いて、そして観念したように、想いを吐露していく。
胃からこみあがる何かを無理やり飲み込みながら、相談に乗るよ、なんて言って。
彼が守るように大事にしていた想いを、受け止める灰皿になった。
彼は生粋の日本男児だった。自分からはいかない。いや、行けないと言った方が正しいか。ただ、待つのみ。
勿論、彼の募り募った思いに、彼女は気付くことは無い。
見ていてもどかしけれど、それ以上に、蜜のような喜びが胸の内をしめていた。
清らかな青空のような彼女は、人を惹きつけた。
猫のように気まぐれに近づいては、するりと手をすり抜けていく。私は彼女と居ると、いつも、彼を含めた複数人の視線を感じていたほどだ。
引く手あまたな彼女。そして彼女の元になかなか行けない、彼。
彼の思いが燻って、だんだんと焦げていく。
チリチリ焼ける音を聞きながら、私は口角が上がりそうになるのを抑えていた。
あぁ、堕ちそう。
私は今日もうなだれている彼の隣に座って、肩に頭をのせた。
ぴくり、と動くのが分かる。でも、拒否は無い。
指先で太ももをなぞる。彼の視線が交差する。熱を帯びているのを確認して、目を閉じた。
◎ ◎
彼女に付き合ったことを伝えたら、目を見開いて、そしてくしゃっと笑っていた。
彼はそのときばかりは、同じように、嬉しそうに笑っていた。
あぁ。私、本当に手に入れられたんだ。
なんて、思っていたけれど。
今日も彼は彼女に視線を向けながら、私と手をつなぐ。
時間を共有して、体温を共有して。心はずっと、一方通行のまま。
彼は、私と過ごしてきた間、彼女への想いは何も言わなかった。
記念日のお祝いはあったし、色々なところへ出掛けて。クリスマスも年越しも、何回も経験した。でも、何でだろう。私達のどこかに、青色が染み付いていた。
月日がたつほど、彼を好きになった。
そして月日がたつほど、オセロのように、好きが嫌いになっていく。
喧嘩しようとも、すれ違いが起ころうとも。彼の心が青色に染みていることは言わなかったけれど、その事実が、いつも私を燻らせていた。
そして全て焦げて、私達は道を分かつことになった。
自分から別れを告げたけれど、目からは滝のように水が流れていく。
走馬灯のように、記憶が流れては、消えていく。
◎ ◎
「祐伎ちゃん、大丈夫?」
燃え尽きた私を救い上げたのは、眩しいほどの青空のような、彼女だった。
珍しく眉を寄せていて、私の背中をゆっくりとさする。
その瞬間に、無理やりせき止めていた想いが、溢れ出た。
こみあげた想いが頭の中を流れ続けるけれど、言葉が詰まって、詰まって、しゃくりあげて。それでも彼女は、静かな相槌を打ちながら、私を抱きしめた。
彼女には、彼の想いを、一回も言ったことが無い。
もし、彼の想いを知っていたらどうなっていただろう?分からない。
けどもう、そんなの、どうだっていいのだ。
私は青色が嫌いだ。
でも同時に、心苦しいほど、大好きだ。