「私、結婚する人より結婚しない人の方が増えたら多分結婚しないわ。でも今はそうじゃないから、結婚はしないとね」
これは学生時代に友人Aが放った一言で、私は今でも鮮明に覚えている。「あ、私もそうかも」と思ったからだ。
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Aは幼い頃から母親に「女の子は早く結婚して子どもを産むのが一番の幸せだからね」と教えられてきたらしい。いつしかそれは夢や憧れから焦燥感に姿を変えたのか、彼女は頻繁に結婚の話をした。「結婚できなかったらどうしよう」「25歳までに彼氏いなかったら結婚相談所入ろうかな」。彼女が冗談まじりにそう口にするたび、私も不安に襲われた。結婚できないとやばいの?残念な人だって思われるの?1人で生計を立てていくことの不安よりも、結婚できなくて不幸せな人だと思われる恐怖の方が大きかった。
私が大学を卒業し結婚適齢期と呼ばれる年齢を迎えて、周囲の婚姻率は大体50%程度といったところ。自分が結婚してみて思うのは、それで自分の価値が上がった感じは特にしないということだ。それと同じで、周りの人についても結婚したことでランクアップしたと認識することはないし、独身だろうと既婚だろうと素敵な人は素敵で、独身か既婚かで見る目は少しも変わらなかった。なんで当時の私はあんなに怖がっていたんだろうと不思議に思うほど、いい意味で「どうでもいい」側面となった。
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その変化の背景には、自分が社会に出て様々な大人と出会ったことや、SNSの発達で色々な生き方を覗き見ることができるようになったことがあると思う。結婚しない、事実婚、未婚のまま母親になる。Aの話に不安を抱いていた頃、そんな選択肢は私の頭にまるでなかった。結婚するか、独身で可哀想だと思われるかの2択だ。でもそれは違った。選択肢は人の数だけあるし、自分との対話を諦めないで自分で責任を持って選んでいくしかない。結婚した後にも仕事、子ども、老後、考えなければならないことは尽きない。
もしもあの時の私が、誰か大人に不安な気持ちを相談できていたら違っただろうか。「皆それぞれ自分のことに必死で、周りのことなんてそんなに見ていないんだよ」「もし独身を憐れむような人がいたら、その人とは離れる決断をしてもいいんじゃない」。こんな話を聞けていたら違っただろうか。それでも私は怖がったかもしれない。けれど、あぁそういう人もいるんだなと、心は軽くなったのではないかという想像はできる。
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時代の流れとともに世間の結婚観にも少しずつ変化がみられ、SNSの発達により私たちは多様な選択肢を知ることができるようになった。10年後は更に変化していることだろう。それでも私のように「結婚しなければいけない」と不安を感じる女性はまだまだいるのではないかと思うから伝えたい。人にどう思われるかを軸に決断しなくていい。幸せな人って思われなくてもいい。したければする、したくなければしないでいい。どうか自分の心に正直に選んでほしい。あのとき自分が悩んでいた時間がすべて無駄とは言わないが、そんなに怖がらなくてもよかったのにとは思う。誰かに言って欲しかった。「大丈夫。それであなたの価値は変わらない」