「眠れない夜の理由」というテーマを見て真っ先に思い出したのは、かつて好きだった同級生と偶然再会して、互いの意思で過ごした二人きりの夜です。私のワンナイト史上最も素敵な夜のお話です。実らなかったけれど、思い出すと幸せな気持ちになり、何度も振り返りたくなる恋でした。
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12歳で初恋に落ちた相手が、10年越しにディズニーランドに現れました。同じ日に同じ場所に向かったことにも、あんなに広くて無数の人が行き交う空間で彼とすれ違ったことにも、運命的なものを感じました。
彼も私と同じように、同性の友達とこの夢の国にきていたようでした。
彼は、夜の0時に東京駅の八重洲口で会おうと、私の目を真っ直ぐ見て言い、そのまま友達と姿を消しました。アフター6で入園した私は友達と予定通り閉園まで全力で楽しみ、胸を躍らせながら東京駅に向かいました。いつもは一人暮らしの都内のマンションまで、舞浜から東京駅を経由して東京メトロに乗るのですが、その日は東京駅が目的地です。
友達は、本当にその彼は来るのかと、少し心配そうな顔で私と解散しました。
彼は約束を破るような人ではないので、心配していませんでした。それよりも、会って何を話そうか、そして彼はどんなつもりで二人きりでこんな時間に会おうとしているのか、と考え出したらキリがないことを頭に浮かべながら、意味もなく髪を結び直したりリップクリームを塗ったりして待ちました。
この時点で、いっそ、終電は逃してもいいと、流れに身を任せようと決めていました。
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ほぼ0時に、本当に彼は一人で歩いてきました。
東京駅のすぐそばのホテルのツインの部屋を友達と取っていて、一度部屋に荷物を置きに戻っていたと、彼は言いました。そこからどんな会話をしたかはあまり覚えていません。鮮明に記憶しているのは、降ろされたシャッターの並ぶ無機質な駅構内と、残業の光も消えたビル群が寝静まった街の光景でした。
1時間ほど東京駅周辺を歩いて、彼は言いました。
どこか喫茶店が開いていたらコーヒーでも奢りたかったのに。せっかく久々に会えたから、ゆっくり二人で話したくて誘ったんだ、と。
終電が来るまであと5分のホームで、彼と二人、決定打を打てないまま、だからといって別れの言葉も見つけられないまま立ち尽くしていました。幸せだったか、気まずかったか覚えていませんが、時が止まったような世界でした。
結果として、指一本も交わることのないまま、私は自分のアパートのベッドで朝を迎えました。
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今思えば、なぜ彼のホテルに付いていきたいと言わなかったのか、不思議です。きっと、私に当時付き合っていた人がいたから、というのが一番の理由ではなかったと思います。あの瞬間は、深夜の東京で二人きりになれただけで十分すぎたのです。彼の部屋には友達もいたから、入れてくれた筈もないけれど。もし近くにラブホテルやカラオケルームがあったら、私たちは寄り道していたでしょう。久々に偶然夢の国で再会したから、などと適当な理由をつけて。
本物のワンナイトを過ごしたかったと、あれから何度後悔したか分かりません。でも、もしかしたらあそこで彼がくれた自動販売機の缶ジュースを握りしめて解散したからこそ、夢のような素敵な一夜として心に残り続けていられるのかな、と少しだけそんな気もしています。
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去年の夏、地元の夏祭りで彼とすれ違いました。
近況として私が年上の人と結婚したことを伝えると、彼はあの夜と同じように、私を真っ直ぐ見て「おめでとう」と微笑みました。その日の夜も、自分の幸せを祝福してもらえた幸福感に包まれながら、握手の一つも交わせなかった自分を恥じました。
私は彼に自分の言葉で告白したことがありません。彼の気持ちも知りません。知らない方がいいのかもしれません。連絡先も持っていません。このエッセイは本人に届くことはないからこその素直なラブレターです。
いつかまた彼と偶然会ったら、あの東京駅の散歩がとても面白かったことだけは伝えようと心に決めています。きっと実際に会ったらまた用意していたセリフを忘れ、こんな素敵な人を初恋の相手にした自分の目に狂いはなかったと確信して終わるのでしょう。