ジェンダー平等が叫ばれている。
「男は仕事、女は家庭」といった考えはもう過去の話であり、今を生きる私たちは性別の垣根なく、一人ひとりが自由にキャリアプランを選択することができるようになってきた。

私自身もその考えに賛成である。同期の誰よりも出世したい、とまでは思っていないが、家族を養えるだけの稼ぎはほしいし、「女性だから」という理由で自分のキャリアを狭めたくはない。

自身のキャリアプランを実現するために、誰もが平等に機会を与えられるべきなのだ。そう、たとえそれが女性であっても、男性であっても、だ。

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私は現在、とある企業の秘書として働いている。新卒入社をしてから約五年間まったく別の部署で勤務をしていたが、声をかけられて一年ほど前にこの職に就いた。上司のスケジュール調整や来客対応など慣れない業務に戸惑いもあったが、同僚にも恵まれ、なんとか仕事を行っている。

しかしやっと慣れてきたにもかかわらず、この業務を行う期間もあとわずかしかない。上司の意向により、秘書は長くとも数年で交代となる。若手のキャリアアップの糸口とすることが狙いのようだ。

上司との面談時、歴代の秘書の方々はどのようなキャリアを歩んでいるのか尋ねたことがある。広報部門の責任者、課長となられた方など、名前を聞いたらすぐにお顔が思い浮かぶほど社内でも有名な方のお名前が並び驚くと同時に、大きな違和感を抱いた。上司に聞いた歴代秘書の方々は全員女性なのだ。もちろん私の代を選ぶ時も候補は全員女性である。

私が勤めている会社は男性比率が高い。企業の男女比率や女性の働きやすさが重視される昨今、少ない女性社員に活躍してもらうために秘書という役職を開放し、女性を積極的に登用しているのだろう。

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私は自身のキャリアアップのために努力をしてきたと思っている。資格も取り、社内の人材育成プログラムにも参加した。今回もその頑張りが認められたから声をかけてもらえたのだと思っていた。もちろんそれも理由の一つなのだろう。実際、複数人の候補から選んでいただいたと聞いている。しかし、それでも、どうしても、頭をよぎってしまうのだ。

秘書を若手のキャリアアップの機会としているのであれば、なぜ男性は選ばれていないのだろう? もし男性も選考対象だったら、私は選ばれていたのだろうか? 私が女性だから、選ばれただけではないか? これは本当にジェンダー平等といえるのだろうか?

私は自身の「女性である」という特性のおかげでこの職に就いているのだろう。「秘書は女の仕事である」という先入観によって私は今ここに立っており、結果としてキャリアアップのための機会を得ることができている。

でもこれは、本当に胸を張れることなのだろうか?「女性である」ということに、下駄を履かせてもらってはいないだろうか? 私はこの性別を、利用しているだけではないだろうか?

私は、私なりに頑張って努力をしてきた。それでも自分の頑張りを信じ切ることができず、「女だから」選ばれたのだと考えてしまう。秘書となった際に新調したタイトなダークスーツも、7センチのヒールも、すべてが滑稽に思えてくる。そんな自分が情けなくて、自分を守るかのように背筋はどんどん丸くなっていった。

実際、同期の男性に言われたことがある。「女性は秘書のルートがあっていいよね」と。歯がゆくて悔しくて、それでも何も言えなかった。

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秘書に就任しもうすぐ一年が経つ。もう少し先の未来には私の後任となる新しい秘書がやってくるだろう。その方が女性でも男性でも、どちらにも当てはまらなくても構わない。次にやってくる方が、未来ある後輩が、自分に自信をもって胸を張って働けるように。

そして私自身が、情けない自分を許してあげるために。背筋を伸ばし、この疑問に声をあげていかなければならない。