「今の会社のほうが安定してるし、やっぱり転職しないほうがいいんじゃない?」
転職を考えている私に、母は何度もこの言葉をかける。
「今の会社は安定している」。私も今まではそう思っていた。
母が言うように、今働いている会社は地元でも名が知れているし、世間的にいう「安定している会社」としては申し分ない場所だ。給与は決して多くはないけれど、歩合制とかではないから、「安定した収入」は得られている。
「安定」とは、「収入が安定しているかどうか」だけを意味する。あたりまえのようにそう思っていたし、その意味合いに違和感を覚えることはもちろんなかった。社会人4年目になるまでは。
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4年目となると、大体のことは自分でこなせるようになる。ある程度慣れてくると、仕事に行くのもあまり億劫ではなくなるし、仕事も、気持ちもルーティン化する。良くも悪くも「平凡な毎日」そのもの。
一方で、何度やってもこれはだめだな……と思う業務もあって、自分と仕事との相性に頭を悩ませることも増えてきた。それと同時に、この仕事をずっと続けていくべきなのか、この仕事に私はやりがいを感じているのか、漠然と考えるようになっていた。
私は「安定した会社で働いている」はずなのに、なんだか心の中にウジ虫のようなものが湧いているようなざわつきを感じ始めていた。
そんな中、周りの大人たちからかけられるのは、「安定した会社に就職できてよかったね」という言葉ばかり。
……安定?私はその言葉に対してなんとなく違和感を感じていたものの「そうですね〜」と絵に描いたような苦笑いをすることしかできなかった。
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仕事へのモヤモヤ。周りの大人たちから幾度とかけられた言葉へのモヤモヤ。その2つのモヤモヤが重なったとき、私の頭の中の寅子が呟いた。
……はて?「収入の安定」だけが安定を意味するのだろうか?
もちろん収入は大切だ。でも自分の仕事に対してどれだけやりがいをもって働けているのか、楽しく働けているのか、そっちのほうが私にとっての「安定」に深く関係してくるのではないかーー。
それまで無視していた違和感と初めて向き合ったとき、私なりの答えをひとつ見つけられたような気がした。
結局「安定」っていうのは、その人自身が決めることで、自分以外の人にどうこう言われる筋合いはないのだと思う。安定が収入を意味するのか、やりがいや楽しさを意味するのか。何を安定とするのかは自分が決めるべきだ。
冒頭の母の言葉に対して、「うーん、やっぱりそうかな……」と曖昧に答えていた私は、まだ収入としての安定さが、やりがいよりも大事だとどこかで感じていたのかもしれない。
でも今なら「安定が収入だけを意味するわけじゃない。仕事のやりがいとか、楽しさとか、そういうのも関係すると思うし、私はそっちを大切にしたい」と自信を持って答えることができる。
そう自信を持って言えるようになったのは、自分で気付いていた違和感を無視せず、「はて?」と一度立ち止まったことで、自分にとっての「安定」が何なのかを考えられたからだと思う。
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ある程度今の環境に満足してしまうと、少しの違和感は見て見ぬふりをしがちになる。そういう人はきっと多いと思う。実際見て見ぬふりをしてもいいことも多い。むしろ見逃していたほうが余計なことを考えずに済むし楽なのも事実だ。
だからこそ、ちょっとした違和感だとしても「はて?」と自分自身にクエスチョンを立て、周りの言葉に流されず、自分で答えを見つけようとする姿勢を持つ寅子のような女性は、令和を生きる私たちにとっても、学ぶべきことが多い存在なのかもしれない。
私も寅子のように眉間にシワを寄せながら、いつも「考えることのできる」女性でありたいなと思う。