私が眠れなくて困ったことって、何かあったか考えた時。修学旅行が思い浮かんだ。
恋にドキドキしたり、心を美しく悩ませて眠れなかった経験がそこまでない。
今回は修学旅行のお話しをしよう。
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修学旅行がとうとう明日だ。当時の私は目をかっぴらいて布団を千切れんばかりに掴んでいた。
高校生の修学旅行、行先は東京。
東京と言えば日本の首都で原宿やら渋谷やらにお洒落な場所が乱立し、奇妙な形のケーキや凄いコンセプトの店なんかがあるらしい。
九州の田舎に住んでいた私は、東京へ行けるというだけでここまでワクワクしていた。
あくまで修学旅行なので、大学見学がメインイベントだったが、そんなの学生にとって全然メインじゃない。我々が待ち望んでいるのは自由時間である。
東京の大学に通う先輩たちから、東京が如何に素晴らしい町か聞いていたのだ。虹色の食べ物や美味しい食べ物が沢山あるのだと言うから驚きだ。友達はみんなファッションやら服やらに心を燃やしていたが、精神年齢の低い私は、東京で出会える食べ物のことばかり考えていた。
ふわふわのパンケーキや色とりどりのアイス。田舎にはないようなご馳走がたくさんある町。
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今思うと馬鹿なことをしたが、修学旅行前はそこまで食べ物を摂取しないように頑張っていた。東京でたくさん食べるのだ。確か浅草にも行く予定だったから、そこでも食べ歩きしよう。
こうして食べ物のことばかり考え、しっかり遊びに行く場所のことまで考えていると、当然。眠れなくなる。それに当時高校生。体力が無限にあった私は、いつまでも訪れない眠気に焦りを感じていた。
このまま眠れなかったら明日から始まる修学旅行が楽しめない。それはわかっているのだが、とにかく興奮しすぎて眠れない。
そのうち舌の位置が気になりだした。舌は上顎につけるのが正解なのか、下に向ければよいのか。普段は気にならないどうでもいいことが気になって仕方ない。
時計の音が大きく聞こえだす。秒針の音と心臓の音が重なり、綺麗なリズムを刻みだしている。心臓が五月蠅いとは、生命活動まで眠りを阻害しているということ。これは一大事だ。
目をつぶったらマーブリングのような景色が広がっていることに気付いた。普段は目をつぶれば真っ暗なのに、こういう時に限って瞼の裏をガン見してしまうものだ。おそらく血管やわずかに目に届く光が見えている。
足も暑い気がするし、寒い気もするし、いちいち気にかけて布団をかけたり剥がしたりしないといけない。そこまで気を使わないといけない部分だったか足よ。
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ダメだ、眠れない。
よく覚えているが、そうこうしているうちに喉が渇いて来るものだ。立ち上がって水を飲んでしまう。するとますます眠れない。枕を蹴ったり、100回ほど寝返りをうちまくり、それでも眠れなかった。
どうしようもないことだが、眠りの導入を失敗した者に待っているのは、綺麗な朝日である。自分の瞼と心臓と一晩中遊んでいたら、朝になってしまった。
朝である。もう終わりだ。今から準備をして集合場所に行かないと、修学旅行に参加できない。
もう二度と心臓とも瞼とも遊んでやらないからな。
寝不足だと足が筋肉痛のように痛むのだ。横になっているだけでは十分な休息が取れない。この重く痛い足を抱えて修学旅行に参加することが確定した。
目的地に着いたとき。最初は浅草だったが、友達も眠気も投げ出して、私は食べ歩きコーナーにダイブした。人形焼きや煎餅を食べ、何故か近くにあったマクドナルドにまで駆け込み、ポテトを大量に摂取した。制服を着て好きなものを口に放り込みまくる。この行為が楽しくてたまらなかった。
眠気より食い気である。高校生だからできたことだ。今なら絶対にできない。