「あの街が好きな理由」というテーマを見た時「書かなければ」と思った。わたしは広島が好きだ。美味しい食べ物や日本酒、あたたかいひと、のんびりとした気ままな街、遠くまで続く島々に透き通った碧い瀬戸内海。初めて訪れた時、そのひとつひとつに恋した。一目見て「好き」と思った。私が求めていた場所だと直感した。
でも広島が好きな理由はそれだけじゃないと分かっている。あの日、あの時、あの人と訪れたから、私はここが好きなんだと思う。
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大学4年生になってから、ずっと進路に迷っていた。元々大学院に進学する予定だったけれど、その進学から見直していた。春から就活って遅いよな。院では専攻を考えようかな。そんなことを常に考えながら、気持ちはずっと路頭に迷っていた。「わたし、これからどうしよう」と身も心も何度もボロボロになりかけながら、ひっそりと研究していた。その様子を彼はずっと見ていた。
ヤケになって酒を飲むなんてはじめてだった。毎週のように飲みに出た。飲みに出ると言っても終電くらいまで飲んでいるだけ。そのときも彼はずっと一緒だった。卒業の研究もあるし、進路も考えないといけなくて、しかも選択肢は無限大。どうすればいいのか、そもそも私は何が好きで何が得意で、何をしたいのか。むしゃくしゃしながら、考えながら、迷い続けながら、彼とお酒を飲んだ。ヤケになっていた私は、お酒を飲んだあと、どうなってもいいと思っていた。けれど彼は何もしてこなかった。
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そんな彼が帰省すると言った時、私も行きたいと言った。彼の地元は広島だった。広島は私にとってはずっと憧れの土地だった。歴史が好きで世界遺産である厳島神社の美しさに目を奪われたのがきっかけだけれど、瀬戸内海という響きにも憧れていた。何度か行きかけたけれど行くことは叶わず、それでもずっと行きたかった場所だった。それに彼と飲んだ広島の日本酒があまりにも美味しくて、行かなければと感じた。
そうして大学4年生の夏に突然、広島を訪れた。ぽっかり空いた夏休みにできる限り予定をいれた。そして吹っ切れたように現実のことは全部忘れて楽しもうと決めて、本当に現実のことを一つも思い出さずに楽しんだ。厳島神社はもちろん、私が好きそうな場所も連れ回してもらい、彼のお気に入りスポットにも連れて行ってくれた。広島は、瀬戸内海は、どこまでも美しく、綺麗だった。地元の人しか知らないような場所で、わたしはずっと海を眺めた。観光スポットにならないような浜辺でパンを食べていたとき、地元の親子が海釣りに出てきた。その様子をぼんやり眺めながら、ふとここに住みたいと思ってしまった。波の音、青い空と碧い海、ゆっくりと流れる島の時間。現実のことの全てを忘れて、心から楽しんだ。頑張るためにと、そこで食べた物もお土産としてできる限り持ち帰った。帰りの電車の中で「また来たい」では無く「ここに住みたい」なんて初めて思った。
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帰ってからはそれまで悩んでいたことが嘘のように動き始めた。自己分析をはじめて、就活しようかとか悩み、ときどき彼に相談しながら、少し怒られながら、私は私の道を探すことにした。私の考える未来は「広島に住む」ためにどうするか、そんな考え方で作られていった。
私が動き出すきっかけとなった広島の旅から1年が経った。私は今でも広島に住みたいと思う。それほどあの土地、あの場所が好きだ。でもその理由は単純な土地の理由だけではない。彼と一緒だったから、私を変えるきっかけになったから、それを含めてたくさんの想いが詰まっているから、広島に惹き付けられているんだと思う。幼い頃から何度か広島に行きかけたのに実現しなかったのは、もしかしたらこのタイミングで、彼と行くために行かなければならなかったからなのかもしれない。
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広島に住むことは去年までは夢だった。でも今はすでに目標として、「広島に住む」ための道を確実に歩んでいる気がする。仕事はどこでもできるようなWeb業界を選んだ。今の会社でのフルリモートが可能で、スキル的には独立も有り得るかもしれない。東京にいる時間が限られるから、今のうちに東京を含めた関東や、東北、北陸へ旅することを計画している。いつか広島に住む未来のために、今の私は作られている。
目を瞑るとまだ、遠くまで続く島々と煌めく瀬戸内海の景色が浮かぶ。広島の小さなお守りを手に、恋した広島を想って、いつかそこに住むための道を私は歩み続ける。