次は、新大久保。
The next station is Shin-Okubo.

◎          ◎

新宿から、いつもは乗らない山手線に乗り、ひと駅。
そこまで韓国好きでもないし、それまで行ったことは2回しかない。
1度目は、地元から来た友達と、当時流行っていたUFO チキンを食べに行った。
2度目は、大学の友達と韓国コスメを探した。
女友達と行った2回で、新大久保は楽しみ尽くしたと思っていた。都心なのに非日常を味わえる、楽しい街だった。
まさか3回目に、あんな変な用事にあの街を使ってしまうなんて、思ってもいなかった。
でも人生で初めて、馬鹿な夜の過ごし方をしたのが、新大久保だった。

◎          ◎

大学のフランス語の講義中。
互いに暇な時にLINEをしていた男友達に返信をしていた。
彼もそのとき偶然暇だったようで、後日2人でご飯にいくことになった。
この人とそんなことはこれまで無かったから驚いたが、面白そうなので行くことにした。
少し考えて、私は当時付き合っていた彼氏に、昔の同級生の男友達とご飯にいくことの断りを入れた。

場所は、互いの居住地のほぼ中間地点という理由で、新大久保になった。
どうやら彼女と上手く行っていないらしい。
そもそも、あの時の彼女とまだ続いていたのか。
珍しいリアルタイムのLINEのやり取りで、いくつかの発見をしながら、日時まで決まった。
フランス語の100分の講義の間に、「暇つぶしにLINEをし合う相手」から「デート相手」に昇格してしまった。

◎          ◎

翌週、夕方の6時半にフランス語の講義を終え、急いで電車に乗り込んだ。
7時ろ、新大久保駅に降り立ち、道路沿いに立ち並ぶ車停めに腰をかけ、スマホをいじるふりをする。
まもなくして、改札から出てきた彼は、数年前よりも少しだけ太っていた。浪人したせいだろうか。

居酒屋に入ると、緊張はすぐにほぐれ、高校時代の話に花が咲いた。話題は探さなくてもどんどん湧いてきた。
いつの間にか0時を回る。
今店を出ないと終電がなくなる。
それを分かっていても、私は帰ろうとしなかった。
彼もたぶん同じ状態だったと思う。
もう手遅れになったころ、お店もラストオーダーになってしまった。
タクシーで帰る?もう1軒いく?それとも……
私は正直に言ってしまうと、ラブホテルに行きたかった。ここならホテル街も近いし、あの瞬間の彼となら楽しめそうな気がした。

◎          ◎

しかし彼は、カラオケを提案した。
ホテルはきついけど、ここなら何とかなりそうだ、などと訳の分からないことを言いながら。
1曲も歌わず、コの字型のソファーで、それぞれ寝た。それ以降の出来事は、思い出を美化したいという私の気まぐれな我儘により、敢えて書くのを控えさせていただきたい。

始発の時間に合わせて山手線のホームへ向かい、反対方向の電車を待った。
彼は、「最悪だ」と言った。彼女がいるのに、何て最低なことをしたのだろう、と。
おい、そこまで言わなくても。昨日のテンションはどこにいった。楽しかったのならいいじゃないか。と内心思いながら、「そっか」と返した。

さらに彼は、「昨日のことは、無かったことにしよう。そっちが、彼氏と別れたらまた連絡して」と言い残して、先に電車に乗り込み、私に教えてくれなかった最寄り駅へ帰った。
彼の唯一の良いところは、会ってから別れるまで、一銭も私に払わせなかったところくらいだった。
彼にとっては損しかない半日だっただろうが。

◎          ◎

その半年後に、再びその彼女と別れそうなタイミングで連絡が来て、私のアパートに入れた。
こっちは彼氏と別れちゃいない、というのに、何て勝手なやつなんだ。
「寂しい」「1人だと泣いちゃう」と連絡をよこした彼は誰かの温もりが確かに必要だったのだろう。
それが結局なんの癒しにもならないと分かっていても。
翌朝、私は彼を家に残して銀座に出かけた。「じゃ、また連絡してね」と言って。
電車に揺られながら、このままだとまた、私たちは日々の退屈さや孤独を紛らわそうと、都合のよい虚しい関係性を繰り返すのではないかという危機感に襲われ、すぐに連絡先を消した。

具体的な時期は分からないが、彼女とは別れたようだ、と風の噂できいた。
2回だけボーイフレンドだった彼は、地元のスーパーですれ違っても、私に知らないフリをした。

◎          ◎

そんな、いちいち冷たい相手だったけれど、新大久保での夜は、人生で一番無駄で、虚しくて、そして楽しい夜だった。一晩中「生きている」実感があった。
絶対に後悔すべき黒歴史的シチュエーションなのに、思い出しても何一つ嫌な気持ちにならない。
だから、新大久保は好きな街である。