これは、京都というなんとも魅力的な街に恋焦がれている私のお話。

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毎年恒例の京都ひとり旅。
夏の暑さが落ち着いてると予想し、9月下旬に決行することに決めた。

ある程度旅のプランを立てては見るものの、せっかちな私はなにかと巻きで計画が進んでしまう傾向にある。
今回もしっかりたっぷり時間に余裕ができた私は、たまたま目に入った商店街に足を運んでみることにした。

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毎年恒例の旅行ということもあり、ある程度の観光スポットには足を運んでいるため、ここ数年は「この街に住んでいる人のライフスタイルを味わってみる」ということを意識しながらプランを立てることが多い。
この商店街はそんなマイテーマにぴったりな場所だったので、意気揚々と足を踏み入れた。

読書が趣味の私は、古本屋さんを見かけて心の中で思わずガッツポーズ。
小説コーナーをあらかた見終わった後、昔の映画のパンフレットが何百、いや何千と置いてあるコーナーに目をやると、その一角が光を放っているように見えた。  

駆け寄ってみると、光の正体は私の大好きな映画「スウィングガールズ」のオフィシャルブックだった。

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映画館のない場所に住んでいた私にとってこの映画は、レンタルビデオ屋さんでレンタルと返却を繰り返し、じゃあ買えばいいじゃん!と今ならツッコんでしまいたいくらい何度も観た思い入れのある作品だ。サントラは今でも全曲鼻歌で歌えてしまう。

東北地方の高校生がひょんなことからジャズバンドを結成するストーリー。
私は小学生の頃この映画を何度も見てしっかりと影響を受けた私は、中学では吹奏楽部に入部すると早々に決めていた(後に高校でも続けることになり、6年間トランペットを担当することになるということは、当時の私はさすがに想像していなかったが)。

これも何かの縁だと思い、まっすぐレジへ向かった。
レジ袋をもらい損ねた私は、胸の前で両手で大切に抱え商店街を後にした。

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商店街は鴨川の近くにあった。
上機嫌な私は口笛なんて吹いたりしながら、川沿いを歩きはじめた。

てくてく進むとどこからかトランペットの音が聞こえる。
お世辞にも上手いとは言い難い、まだ始めたての音だった。
どうやら向こう岸で吹いているみたいだったので慌てて橋を渡る。
どんどん大きくなるトランペットの音と、縮まる距離。

演奏していたのは、私の父親くらいの男性だった。
川辺に腰掛けて、背中を丸めて、楽器を大切そうに支えながら音を出している。
彼の後ろを心の中で「がんばれ!」と唱えて通過する。

私の腕の中には、私が吹奏楽部でトランペットを担当する理由になった映画「スウィングガールズ」のオフィシャルブック。

「鴨川でトランペットを練習する男性との出会い」と「古本屋で自分のターニングポイントになった映画のオフィシャルブックをたまたま見つけて購入した」という事実は、たったひとり、私にだけ、紛れもなく素敵な奇跡で、何にも代え難い偶然になった。

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在庫状況が目まぐるしく変わる古本屋という場所
たまたまこの日ひとり旅で訪れた京都
たまたまあの時間に鴨川にいた男性と私

一週間旅行の日程が後ろにずれていたら、あの本はもう別の誰かの手に渡っていただろうし、あの男性はいなかったかも。
それか少し上達していて、違う音色を奏でていたのかもしれない。

鴨川という場所は、色んな人の人生を受け入れてくれる大らかで、温かい空間だった。
そして何より、どんな物事もポジティブに捉えられる心の余裕が生まれる場所だ。

そんな風に自分を好きになれる場所、それが京都なのかもしれない。
まだまだ魅力に取り憑かれて、私を離してくれない、優しくてちょっと不思議な場所。