12月30日。薄ら寒い、1Kのまみの部屋。
折り畳み式の小さなテーブルにサラダや副菜がひしめき合っている。わたしは頭が真っ白になって動けなくなっていた。

わたしたちは大学3年生だった。まみとわたしは違う学部にいた。演劇サークルで出会い、毎日のように一緒にいた。
まみはかなり変わっていた。遅刻魔で、誰とでも仲良くなれて、話の着眼点がおかしくて、まみのところだけ違う次元の空気が流れていた。生まれ育った場所も笑いのツボも、性格も何もかも違う。それなのにやりたいことの方向性は一緒で、いつも2人で創作意欲を満たしていた。
いつか2人芝居をやろう。そんなことを夢に、2人でいろいろな演劇を見に行った。

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わたしは同じ学部のKくんに恋をしていた。2人で漫画喫茶に行ったり、わざわざ遠くまで電車を乗り継いで海を見に行ったりした。同級生に「2人って付き合ってるの?」と言われるたび、まんざらでもなかった。
Kくんは感情が読み取りづらく、距離が近づいているのかどうかわからなかった。しかし、やりとりするメッセージの端々に、こちらに好意がなくはないことを感じ取っていた。
まみとKくんの話をすると、「絶対いい感じだよ!」と励ましてくれた。Kくんからのメッセージが来ると2人で思考を凝らして返信し、メッセージが返ってくるとハイタッチして喜んだ。
大学生らしい青春だった。あの、12月30日までは。

まみの家で2人で忘年会をしようということになった。食事は、料理が得意なまみがつくってくれるらしい。
酒を持ってまみの家に行く。外は年の瀬の空気。まみの家は、暖房が効いていないため外より少しマシなくらいの気温。北国出身のまみは、ストーブ文化だったため、エアコンを使う習慣がないらしい。
宴をはじめたわたしたちは、今年1年を振り返っていた。演劇サークルで行った公演のこと、一緒に見に行った演劇のこと、これからわたしたちがやりたいこと。いつも通りのわたしたちだった。

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「Kくんとはどうなの?」
まみがにやにやした顔で聞いてくる。連絡はしているものの、進展はなかった。

「わたし、Kくんと付き合うことになった」
なにを言ったかよくわからなかった。
「わたし、Kくんと付き合ってるの」
まみがなにか言っている。意味はよくわからない。

「え?」と聞き返すと、まみは今まで見たことのない楽しそうな笑顔で話し始めた。
Kくんからわたしとの恋愛相談を受けていたこと。まみがKくんのことを好きだったこと。しょっちゅう連絡をとって会っていたこと。そのうちKくんがまみの家に入り浸りはじめたこと。そしてわたしがいる、まさに、この部屋で2人が男女の関係になったこと。全て。

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小さなテーブルにひしめきあっている小皿を、意味もなく、ひとつひとつ視界に入れる。頭が真っ白だ。まばたきひとつできなかった。呼吸もしているのかわからない。
しばらく沈黙が続いて気づいたら1時間くらい経っていた。恐る恐る、まみを見ると泣いていた。
「さぐには絶対幸せになって欲しいの!」と抱きしめられた。
「このこと、わたしが悪いことしたって周りに言いふらしたいならそうすればいい。もう友達じゃなくなってもいいよ、さぐがそう望むなら」
「これこそ、2人で演劇にしよう。絶対面白くなるよ」

わたしは、笑った。自分の気持ちより、彼女の祝福を優先した。
その後、わたしがもう一度舞台に立つことはなかった。