夏の暑い日、濃いピンク色の朝顔がしぼんでいるのを見た。朝顔は朝に咲いて夕方には萎むのよ、と小学生の時に習ったような気がする。朝顔は名前の通り、朝の眩しい太陽に顔を向けキラキラと輝く花のイメージを抱いている。それを眩しいなとも思うし、綺麗だなとも思う。そんな朝顔を見ていたらある人のことを思い出した。
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朝子さん。朝子さんは名前の通り、朝のキラキラした光を放つような人だった。小さい頃から目立つことが好きだったわたしは幼稚園に入るとバレエを習いはじめた。自信家で負けず嫌いなので同い年の中で自分の踊りが一番上手だと思っていたし、たくさん練習したいからと一つ上のクラスの練習にも混ぜてもらっていた。
そんなわたしを見て、教室のお姉様方は可愛いね、上手だねと可愛がってくれたのでますます天狗になっていた。そんなわたしに衝撃を与えたのがバレエ教室でも特に上手であった朝子さんである。当時通っていたバレエ教室で初めての発表会に参加することになり、大きなスタジオでの練習が増え、普段レッスンで会うことのない中高生の生徒とも一緒に踊る機会が増えた。
その時の演目は、バレエではもっとも有名であろう、くるみ割り人形だった。当時のわたしは他の小さい子たちとロシアのキャンディ・ケーンの踊りを踊ることになっており、かわいさがメインで振付が付けられていたからか憧れのチュチュではなく、カボチャパンツのようなものだった。
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本当はもっと踊りたかった私はリハーサル時はほとんど年上のお姉さんたちが踊るネズミの兵隊や雪の精などをスタジオの端っこでよく見ていた。くるみ割り人形のバレエクラシックはどの曲も素晴らしく、今聞いても物語の情景がありありと思い浮かぶ。クリスマスの活気溢れる華やかなパーティーの音楽。
激しいネズミの襲撃と雪の女王の冷たい雪が吹雪くような音。まるで言葉のない劇を見ているかのように、踊りで表現される異国の国の様子は何度見てもわたしをワクワクさせるものだった。
何より、主人公のクララがお菓子の国に招待された後、各国で披露される踊りが好きだった。大人っぽいスペインの燃えるようなパドゥドゥや異国感溢れるアラビアのしなやかな踊り、耳に響くほどの高音で軽やかに跳ねる中国の踊り。春風に吹かれるかのような雄大な花のワルツ。
その中でも1番心惹かれたのが金平糖の踊りだった。ガラスの上を跳ねるような音と、白いチュチュにまぶされた金色の光がわたしを虜にした。その金平糖の精が朝子さんだった。踊りが始まるたびに朝子さんを見つめ、振り付けだけではなく指の動き、表情など細かな動作を覚えた。
密かにその踊りを練習して朝子さんになりきったことこともある。発表会当日、バレエにお決まりの派手なメイク、白いチュチュ、薄いピンク色のトーシューズに身を包んだ朝子さんはまさに金平糖の精だった。夢のようなその姿に見惚れていたわたしに気づき、ふふ、と微笑んだ朝子さんにわたしはきっと恋していたと思う。次の発表会で朝子さんはもちろん金平糖の精ではなかったけれど何かのお姫様の役を踊っていた。
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それでも朝子さんへの金平糖の精のイメージは未だ抜けない。足首を怪我して中学生でバレエを辞めた私はその後、朝子さんに会うことはなかった。彼女は高校生まで同じ教室でバレエを続けていたが、その後バレエを学ぶために留学をし、帰国後どこかのバレエ団に入ったと耳にした。
くるみ割り人形の金平糖の精の音楽を聴くたびにあの火照ったような感覚を思い出すのと同時に、他の人が踊る金平糖の精では満足できないような気がして大人になった今でもくるみ割り人形の公演を見に行くことができないでいる。
彼女はきっと今も金平糖の精のようにステージの上でキラキラと光を振りまきながら誰かを魅了しているのかもしれない。