高校生の時、私は一つの苦い恋愛をした。傷つけてしまったし、悲しませてしまった恋。自分の中ではどうしても「良い思い出」とは言えない恋だ。

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彼は私の仲良しグループの一人だった。ずっと友達として気楽に接していたのに、いつの間にか「あれ、もしかして私のこと好きなのかな?」と思う瞬間が増えていった。そのグループ内の友達から「○○くん、あんたのこと好きらしいよ」と言われて、なんとなく意識した方が良いのかななんて、私も少しずつ彼を意識し始めてみた。そして、ある日彼から告白された。

正直に言うと、その時の私は彼のことを好きだと思えなかった。でも彼の「好きになってもらえるように頑張る」という真っ直ぐな言葉に押されて、付き合ってみることにした。
「付き合いながら好きになることもあるじゃん!」と友人は言ったけど、私にその経験がなくてわからなかった。だから試してみることにしたのだ。

彼は本当に優しい人だった。私が喜びそうなことを一生懸命考えてくれたり、イベントごとには必ず何かしてくれた。でも、どうしても私は彼のことを恋愛的に見ることができなくて、彼と会うのも気が重くなるばかりだった。

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そんなある日、彼が「お台場にデートに行こう」と誘ってきた。1月の成人の日で祝日だったけれど、その日は天気予報が大雪だった。気乗りしない私に同意するみたいに、ニュースでは「外出は控えるように」と繰り返し呼びかけていたのが後押しして、私は「やめておこう」と提案してみたけれど、彼はどうしても行きたいと言って譲らなかった。

結局、私たちはお台場へ向かった。案の定、東京とは思えないほど雪が降って、とてつもない寒さだった。都会っ子な私たちは雪用の靴なんて持ってるわけがなく、歩くたびに足元が滑ってもう心の中では「やっぱりやめておけば良かった」と思った。それでも彼は楽しそうに笑っていて、それがギリギリ私の心を救いながらもえぐってきた。

歩くのもやっとの雪道で、私たちは自然と手を繋いだ。それは恋人としての触れ合いであるべきなのに、正直私にとってはお互いが転ばないように助けるための手だった。嬉しそうにはしゃぐ彼が隣にいて、私もはしゃぐべきなのに心はついていかない。
雪みたいに積もっていくのは「好き」という気持ちであって欲しいのに。
「本当に私はこの人を好きなんだろうか?」という問いが、どんどん私の中に積もっていくだけだった。

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あの日の雪を楽しい思い出にしたかった。だけど心の中は冷たくて、手を繋いでも歩きにくい。好きになれない自分を責めながら、彼の真っ直ぐな思いをどうにも受け止められない自分に対面してしまった。

結局、その後私は彼と別れることを選んだ。どれだけ頑張っても友達以上にはなれないことを伝えた時、私が知っている彼史上一番悲しそうな声を聞いた。同じクラスだったから、その後も彼を視界の隅で見かけることが何度もあった。そのたびに、申し訳なさで胸が痛んだ。

あの雪の日のデートは、私にとって忘れられない思い出だ。それは甘い思い出ではなく、「好きになれないこともある」という事実を教えてくれた苦い経験として、今も心に残っている。大人になった今は、そんな恋いくらでもあるよ!って笑い飛ばせる。それでもその時の私には、一生懸命好きになろうとした努力だってあったのだ。

雪の中で繋いだ手の温もりは、彼の優しさと、私の心が届かなかった悔しさを思い出させるものとして、これからも私の記憶に刻まれ続けるのだと思う。