自分の幸せと相手の幸せ、そのどちらがより大切なのだろうか。

自分の幸せのために突き進む事だってもちろん自分を大切にしている事に変わりはないし、相手の幸せを願って自分をあきらめる事だって、愛の形だ。いろんな考え方があってそれぞれに答えがあるのだと思う。その時は正しいと思って選択したことがその後ずっと正しいとは限らないし、どうして選択肢を間違ってしまったのかと後悔した事だってたくさんある。

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私が、自分と誰かを天秤にかけたのは、高校受験の時だ。そこそこに成績の良かった私は大して勉強せずにでも合格できるであろう、自宅から一番近い公立の学校を志望校として出願していた。

でも、1人の友達と話している中で、その子も同じ学校を志望していて、合格ギリギリの成績で悩んでいることを知った。田舎のたいして大きくもない地域の公立の受験なんて情報は駄々洩れで、募集人数はもちろんの事、どの学校のどの科に何人出願しているのか、結果何人落ちるのかはっきりした数字が出回っていた。そして私たちが受験する年、不合格となるのは、1人か2人、そんな小さな人数だった。

この数字を見て、私は出願に迷った友達に、「頭がいいんだし、同じ学校の進学科に変更すれば。そうすれば私も同じ学校に通えるから」と言われた。

中学3年という義務教育最後の年、留年なんてありえないであろう状況から苦しまぎれに彼女も迷った上での一言かもしれないが、私はずっと高校も大学も卒業した今でもこの言葉が引っかかっている。結局のところ、その友達はギリギリまで悩み志望校を変更したし、私は高校2年で進学科に編入した。

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結果だけを見れば、私が志望先を進学科に変更していれば、友達も同じ志望校に合格出来て同じ学校に通えたのかもしれない。でも、中学3年だった私には、そこまで相手の希望を尊重する事は出来なかった。今振り返れば、笑ってしまうくらい小さな選択肢だが、当時の私にはその選択はとても大きなものだったし、私も自分の不安に向き合う事で精一杯だった。

成人式で彼女に会ったとき、志望校を変更して入学した高校から指定校推薦で希望する大学へ進学したことを聞いた。あの時、彼女の言葉に従って志望先を変更していたら、私たちの関係はどうなっていたのだろうか。ふと考えてる事があるが、結果は分からないままだ。

同じ学校で仲良くできたかもしれないし、彼女の指定校推薦はなかったかもしれない。私も彼女も、それぞれの価値感で譲れなかった選択だからこそ、今の結果が納得できるものなのだと思う。気が弱い私は、あの言葉を言われたのが彼女ではなかったら、志望先を変更していたかもしれない。ちゃんと友達として彼女を尊重したいからこそ、私の選択を譲れなかった。

愛されているなんて大層なことを日々実感する事は少ないし、友達同士でそれを確認する機会もほとんどない。でも、日常で話す内容だったり好きな物や苦手を覚えていてくれる事、そんな細やかな愛を感じれたからこそ、私も私の心に正直に選択できたのだと思う。