「ペットや家族に向ける気持ち」と言い合う私達の愛は、本物だった
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大人になるにつれ、「愛とは?」というテーマについて、たびたび考えることが増えた。
2年前の11月、私は結婚したいと思える人と2年間付き合っていた。しかし、既婚者だった事が発覚し、私が感じていた恋や愛という感情は、綺麗にどこかへ消えていった。
それから少しして、寂しくなりトークアプリを入れた。そこで同い年の男の人に出会った。彼は幼少期から海外に、親の転勤の関係で住んでいたり、アメリカに1年ほど留学していたり、私とは違う世界を見てきた人だった。初めは好きとかそういう気持ちはなかったし、どちらかと言うともの新しさや寂しさ、居心地の良さだけで彼の隣に居たいと思っていた。
1月に彼と出会い、冬から春になり、春から夏になり、秋が過ぎた。それまでお互い好きとか束縛することもないし、ましてや恋人にすることもなかった。ただ日常を共にし、嬉しいことも辛いことも全部分かち合い、お互いにお互いを見守っていた。
彼は料理が得意で、特に彼の作るカレーとおにぎりがとても好きだった。私はいつも「また作って」とおねだりして、彼は嬉しそうに作ってくれた。その味は、今でも思い出すと胸が温かくなる。彼と過ごす日々の中で、食卓を囲む時間は特別なものだった。
私たちは同じカメラを持っていて、日常の何気ない瞬間を撮りあうことがあった。2人で作ったご飯、いつものコインランドリー、家の近くの野良猫。それぞれの視点で写した写真を見せ合い、「こんなの撮ったんだ」と笑い合った。
写真を通じて、彼が見ている世界を少しだけ共有できた気がして、それが心地よかった。
辛いことがあった日や気持ちが沈んだ日は、夜道を2人で散歩するのが私たちの習慣だった。街灯の明かりの下で足音を揃えながら、互いに心の中の重たいものを少しずつ吐き出した。彼はあまり感情を多く語る人ではなかったけれど、私の話をじっと聞いて、「それは大変だったね」と優しい言葉をかけてくれた。
その静かな時間が、私の心を少しずつ軽くしてくれた。
少し寒さが増した冬の入口、彼が2週間アメリカへ出張へ行った。たった2週間、でも彼と過ごした日常の記憶が寂しさを紛らわせたし、彼を思うと頑張れた。アメリカと日本で約17時間の時差があるのに、彼は「今日は寒いらしいから温かくしてね」とか「空が綺麗だよ」とか、遠くから優しさや愛情をくれた。
2週間の出張が終わって帰ってきてから、彼と初めて「この関係」について話した。彼は「飼ってる犬や猫に向ける気持ちと同じ」だと言った。私は「家族に向ける気持ちと同じ」だと言った。きっと、私たちの会話は傍から見れば不誠実で歪な関係だと思うだろう。
でも、いつか終わってしまいそうな恋人という関係は、私たちには似合わなかったし、行動で示される愛情をお互いに言葉で確かめることも違うように思えたから、きっと2人にしか分からない形で愛が背中を押していればそれで幸せなのだと思う。
12月の中旬、彼はアメリカに自分の夢を叶えに旅立った。もう6年は帰ってこないらしい。普段泣かない彼も空港で離れる時に手を繋ぐと涙ぐんでいた。
別れ際、「それじゃあ、頑張ってね。ずっと近くで見てたから、きっと大丈夫だよ」と彼が言った。私は涙を堪えられなくて、何も言ってあげられなかった。彼が飛行機の検査場を通って大きく手を振っていた。相変わらず涙は止まらなかったけど、彼の姿が見えなくなって、この1年足らずは、本物だったなと思った。
私にとって愛は日常であり、意識するものでもない。相手が元気に生きられるために見守り、たとえ離れてても相手を思うことで、そこが自分の居場所だと感じることだと思う。
彼がくれた沢山の愛は、今、私の1歩を踏み出す勇気や辛いことがあった時に顔をあげられる意味になっている。
6年後、胸を張って彼に会えるように、私は自分の道をまっすぐ進んでいこうと思う。
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