大雪の温泉街、吹雪の中なぜか大声で出身地を叫ぶ彼氏に惚れ直した旅
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雪を見ると思いだすのは約3年前のクリスマス、交際中の彼と行った城崎への温泉旅行だ。
城崎温泉は兵庫県豊岡市にある温泉地。当時は私も彼も神戸在住だったが、同じ兵庫県内といえど、神戸から城崎まではJRで約2時間半かかる。神戸の港町とは違い、冬は雪が積もるしカニが美味しいので、県内在住の人が気軽に旅行気分を味わうにはもってこいの観光地だ。
城崎温泉は、温泉街に点在する7つの温泉施設をめぐる「外湯めぐり」が有名だ。
とはいえサクッと1泊だけの旅行だったので、結局その日入れたのは7つのうち「一の湯」と「御所の湯」だけだった。それでもとてもリフレッシュできたし、その日はそれで旅館に戻ることになった。
雪がちらちらと降る温泉街は本当に綺麗だった。実は北海道育ちの彼は落ち着いていたけれど、神戸育ちの私は見慣れぬ雪に大はしゃぎ。チェックインの時に旅館で借りた長靴で必要以上に雪を踏みしめ、雪で彩られた温泉街にうっとりと見とれた。
ずらっと立ち並ぶお土産物屋の瓦屋根は1つ残らず雪が積もり、木は枝の1本1本が白く縁どられ、真っ赤な丸型ポストはこんもりした真っ白の帽子をかわいくかぶっていて、胸がキュンとした。
後は明日のチェックアウトまでにもう1か所くらい外湯をめぐりたいね、なんて2人で話しながら歩くのが、とにかく楽しくて仕方なかった。旅館に帰ってからも、内風呂で身体をほぐして、夕食でカニを満足するまで味わって、最高の気分だった。
事件は翌朝起こった。チェックアウトの時間より前に部屋に来た仲居さんが、積雪でJRが運転を見合わせていると教えてくれたのだ。たしかに昨夜くらいからかなり天気が悪くなっていたけれど、まさかそんなことになっていたとは。
しばらく2人で諸々調べて話し合ったが、結局今日帰るのはあきらめて、もう1泊することにした。まず今日発のバスは予約が取れそうにもなく、JRがあるところまでタクシーで帰ることも考えたが、それだと移動だけでここにもう1泊するくらいの金額ががかってしまう。幸い彼は有休を1日長めに取っていたし、私は当時無職だったので、旅行を延ばす方が都合がよかった。
まさかの旅行延長が決まり、私たちは明日発のちょうどいい時間のバスを探そうとバタバタし始めた。そんななか何度か仲居さんが部屋を訪れ、都度いろいろ教えてくれた。
しかしそれは「JRの運転再開のめどは立っていないそうですよ」という既に調べた情報だったり、「お隣のお客様はJRがあるところまでタクシーで帰られるそうですよ。金額高いみたいですけどネ」といううわさ話だったりした。
こちらも逐一報告していないので仕方ないが、私たちの中で既にJRやタクシーは選択肢から外れている。絶妙に役に立たない情報を周回遅れで伝えに来る仲居さんがだんだんツボにハマり、彼女が去って引き戸が閉まるたびに2人で忍び笑いしてしまった。
その後、無事乗れそうなバスを予約できたので連泊を仲居さんにお願いすると、快くOKしてくれた。
急遽中日となったその日は、時間に余裕があったので、心ゆくまで温泉を堪能した。昨日より天気が悪く、温泉に入っても外に出るたび髪はぐしゃぐしゃになってしまったが、外湯めぐりを制覇することができた。素泊まりだったので、夕飯はふらりと入った温泉街のお店であったかいものを食べた。
翌朝、眠い目をこすりながら6:20発のバスに乗った私たち。ああ、やっと帰れる……と安心したのも束の間、動き出したバスが途中で停まってしまった。原因は深い積雪で、タイヤ周りの雪を取り除かないと前に進めなくなったらしい。
「しばらくお待ちください!」とバスを飛び出した運転士のおじさん。にわかにざわつくバスの乗客たちは、無事帰れるかなと不安そうに顔を見合わせたり、スマホを見たり。窓の外を見ると、吹雪のなか何やらスコップなどを必死で準備する運転士さんがいた。
これ、帰れるのかな。私も不安になっていると、隣の彼がスクッと立ち上がった。
「俺、雪かき手伝ってくるわ」
そうか、彼は北海道出身だった。私も含めほかに手伝おうなんて人はおらず、誰一人立ち上がってい
ないのにすぐ動いた彼を見て、私は惚れ直した。行動力があってカッコいい……!
しかし彼はものの数十秒でバスに戻ってきた。どうしたのか聞くと、「雪かき手伝おうとしたら、断られた」と不服そう。なんでも、手伝いを申し出たら「いいから!!!!戻って!!!!」と叫びながら断られたそうだ。
負けじと、「北海道出身なんですけどォ!!!!」と食い下がったそうだが、「危ないから!!!!戻って!!!!」となおも怒鳴られたので、戻ってきたのだという。
運転士さんの気持ちもわかる。もし乗客に手伝わせて何かあったら大変だし、責任取れないもんな、と思う。そりゃ必死になるはずだ。
しかし私は、吹雪のなか運転士としての責務を果たそうと必死に絶叫するおじさんと、出身地を叫びながら雪かきを手伝おうとする自分の彼氏を想像して笑いが止まらなくなってしまった。しかも、あんなにかっこよくスクッと立ち上がった彼がすぐにUターンしてきたのもおかしくて、でもそれがなんだかちょっといとおしくて、しょんぼり戻ってきた彼にすら惚れ直してしまったのだ。北海道出身だから手伝わせてもらえるだろうと思っているところもかわいく感じた。
バスはしばらく停まったものの、再び動き出した。そして無事に、神戸の三宮駅近くまで私たちを送り届けてくれた。
私と彼は今では夫婦になり、関西を離れてしまった。彼と運転士のおじさんの攻防のことは、今でもたまに話題にのぼる。雪で旅行が1泊延びたおかげで、彼の色んな一面が見られたし、笑い話も増えた。
またあの雪で彩られた温泉街を旅したい。
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