「都合のいい関係」を自分を見つめ直すために利用したあの日の私
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都合のいい関係を都合よく使ってた。
都合のいい関係に悩んでいる。
都合のいい関係に傷ついている。
そんなふうに考える女の子たちは多いと思う。私が女性だからか。それとも私自身がその立場を経験してきたからか。
多くの場面で、「都合のいい関係」というと、あたかも男性が一方的に女性を利用しているかのように語られることがある。
確かにそのケースも少なくないと思う。
でも、今だからこそ言えることがある。実は私自身が、都合のいい関係を"利用"したことがあるんだ。
そのときの私は、失恋の痛みにどうしようもなく囚われていた。心が深く傷ついて、何もする気が起きなかった。
朝起きても、真っ暗な世界。
そんな私の前に現れたのは、優しい笑顔で私を気遣ってくれる男性だった。
彼との関係は、いわゆる友達以上恋人未満のようなものだった。曖昧で、どちらにも責任がない関係。側から見たら、都合のいい関係なんだろう。
正直、最初はそんな関係を持つなんて思いもしなかった。でも、失恋の痛みを少しでも和らげたかった。気晴らしが欲しかった。そのために、私は彼との関係を築いた。
ご飯を奢ってくれたり、私の話を聞いてくれたり、そばにいてくれるだけでよかった。そんな都合のいい存在が私には必要だった。
健全な心を持った私なら、きっとその関係を選ばなかっただろう。でも、あの時の私は違った。自分の感情を癒すことが何よりも優先だった。そして、その関係は私を救ってくれたのだ。
もちろん、そこには罪悪感もあった。私自身がどこかで「こんな関係は良くない」と思っていた。ずっとずっと初めからわかっていたんだ。彼のことを本気で好きになれない自分を責めたり、この関係がいつか終わることを予感したり。
だけど、その瞬間だけは、彼との時間が何よりも必要だった。
世間では、都合のいい関係は負のイメージで語られることが多い。特に女性がその立場に置かれることへの批判や同情はよく耳にする。それ自体は正しいかもしれない。
でも、時に私たちはその関係性を自ら選び取ってしまうことがある。そしてそれが、今の自分を守る手段だったりもするのだ。
都合のいい関係を持つことが正しいわけではない。それを推奨するつもりもない。ただ、あの時の私にとって、その関係は必要だったと、今なら理解できる。
必要以上に自分を責めることもないし、他人を責める必要もないと思う。人はみんな、その時々の心の状態や状況によって、最善だと思える選択をしているだけなのだ。
都合のいい関係が悪だと決める理由もない。それに救われる時期があってもいいじゃないと思うのだ。
過去の自分を振り返ってみると、あの経験があったからこそ、私は今の自分を見つめ直すことができた。
彼との関係が終わった後、私は少しずつ自分の足で立ち上がる力を取り戻していった。そして、自分をもっと大切にしようと思えるようになった。
都合のいい関係に悩んでいる人もいるだろう。その関係をやめられない自分を責めている人もいるかもしれない。
でも、どんな選択もその人自身の人生の一部だ。大切なのは、その経験をどう自分の糧にしていくかだと思う。
今だから言えること。それは、あの曖昧な関係にも意味があったということだ。
私を救い、そして、次のステップへ進むための助けとなった。だからこそ、過去の私も、彼も、そしてその時の時間も否定しない。
すべてが私の人生の一部であり、私を形作る大切な要素だった。
都合のいい関係。それは、一見するとネガティブな響きを持つ言葉かもしれない。でも、それが私にとっての必要な選択だったことを受け入れ、あの時の自分を許すこと。
それが今の私にとっての成長なのだ。
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