文化祭前のマクド、このお喋りがずっと続いてほしいと願ったあの日

「あのマクド、閉店したん!?」25歳の同窓会に激震が走る。
教師になった友人は今年から母校に赴任したらしく、高校周りの町の様子を逐一教えてくれた。
商店街のマクドナルドは、高校生活で何度も通った店だった。親友と恋バナをした時、親と喧嘩中に夜遅くまで滞在した時、片思いの相手と行った時もあった。
そんな中でなぜか印象に残っているのは、文化祭準備中のあの日だ。
「黄色見てるだけでめっちゃ腹減るんやけど! ポテト売ろうって言うたやつほんまに許さへん」
「ポテト案出したん自分やん」「都合良い脳みそしてるわ」
2人からツッコミの砲火を浴びて、Aくんは肩をすくめた。作業中はずっとこんな調子で軽口を叩きあっている。
高校の文化祭まであと2日。クラスごとに演劇か模擬店をすることになっており、我がクラスは模擬店枠のフライドポテトを勝ち取った。立て看板の色塗りを仰せつかった私たちは、部室棟の裏にブルーシートを広げてペンキと格闘していた。下絵が黄色や赤色で染まるにつれてポテトの輪郭がつやつやと浮き上がり、食欲を刺激する。
先ほどまでは複数のクラスが同じように作業をしていたのに、日が沈みかけている今、残っているのは私たちだけだ。10月下旬の風は冷たい。
赤ペンキの缶に刷毛をひたしながら、Bちゃんがぽつりと言った。
「あたし、実はポテト食べたことないねん」
「ええー!」Aくんと私でユニゾンを奏でる。
「友達とマクドとか行かへんの」と聞くと、「スタバとかコメダは行くんやけど」との返答である。そういえばBちゃんは隣県の私立中学出身だったか。少なくとも私よりはお嬢様育ちであろう。
「模擬店の店員がポテト未経験はまずいって。今からマクド行こ、3人で」Aくんはそそくさとブルーシートを畳み始める。深刻そうな顔を装っているが、先ほどからポテトと連呼しすぎてポテトの口になっているのが見え見えだ。
まずくはないやろ、と言いながら私も賛成であった。ちょうど小腹が空いている。
高校の最寄りのマクドナルドまでは、徒歩で10分程度だ。
「模擬店って、作りながらつまみ食いできるんかな」「調理担当にシバかれるやろ」「無理かあ」
たわいもない会話をしながら、たまに話題が途切れて間ができる。
相手によっては気まずい空気が流れそうな場面だが、AくんとBちゃんの2人だとそんなに居心地は悪くない。今年同じクラスになってから、話したことは多くないのに何故だろう。数時間にわたるペンキ塗りを共に乗り越えたことが効いているのかもしれない。
街灯の下を通り抜けるたびに長く伸びる、3つの影を踏みながら歩く。
入店するや否や、Bちゃんは壁のメニューを興味津々に見つめている。「シャカシャカっていうのんと普通のん、どっちが美味しい?」と私に聞いてきたので、とりあえずシャカシャカを勧めておく。
Aくんはトレイにバーガー3つ、ポテトL2つとアップルパイを積み上げ、「家に晩飯あるし、控えめにしとかなと思って」などとのたまっている。男子高校生の食欲は恐ろしい。私もホットコーヒーとポテトSを注文し、席についた。
3人でずっとお喋りをした。Aくんが陸上の大会で勝ち進んだ話。Bちゃんの家族旅行の話。私が三者面談で絞られた話。担任の先生の裏話。クラス内公認カップルの話。
ポテトをかじるごとに、伝えたいことや聞きたいことが次々と溢れてくる。
マクドナルドには特有の「話しやすい雰囲気」がきっとあるのだ。教室や通学路では日常の香りが溶け込みすぎていて、こうはいかない。授業のチャイムや信号待ちという要素がひっきりなしに割り込んでくるから、本当に聞きたいことを聞けないまま、飲み込んでしまうことも多い。
さらに、教室という場では所属グループのことだって考えざるをえない。Aくんは騒がしめの男の子たちといつもつるんでいるし、Bちゃんは同じ部活の数人と集まって過ごすことが多く、私のグループとの交遊は少なかった。私からすれば、「特別よく話すということはないが仲が悪いわけでもない」という距離感のクラスメートだ。おそらく2人も同じ感覚を持っていることだろう。
文化祭の準備が終われば、あえてこの3人で話すことはなくなる。だからこそ、今の取り留めないお喋りの時間がとても快適で、ずっと続いてほしいと思った。
同窓会の会場に意識を戻す。バーガーとポテトではなく、お酒のグラスを手にして談笑する同級生たち。
「そんなことあったの、今思い出したわ。よう覚えてるね」Bちゃんは懐かしそうに目を細める。文化祭がきっかけで、Bちゃんとはその後もよく話すようになり、今では親友と呼べるくらいの仲になった。
「あんたのマクドデビューの日やったのに、なんで忘れてんの」
あの日、Bちゃんはポテトがかなり気に入ったらしく、「妹へのお土産にするねん」と帰りがけにテイクアウトを1つ注文していた。カフェでクッキーを買って帰るマダムのような風格が面白く、Aくんと私は笑い転げてしまった。
同窓会はますます活気づき、そこここで輪ができている。
せっかくだから、他の友達にも思い出のお店や思い出の食事を聞いてみよう。青春の底に沈んだ記憶が呼び起こされることを期待して。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。