退職した今でも私の心を温め続ける、食堂のおばちゃんのうどん

慌ただしい1日の中で、ほっと息つくことができる場所は社員食堂だった。
毎朝6時起床。片道1時間半の車内で菓子パンに齧りつき、8時20分仕事開始。怒涛の1日が始まり、19時に退勤。ただし19時に帰れる日はほとんどなく、なんだかんだ残業して、帰宅するためにまた1時間半。帰る頃には体力を使い果たしている。
疲れた身体と心を癒してくれたのが、社員食堂で食べる温かいごはんだった。社員、アルバイト関係なく200円で食べることができた。ごはん、汁物、副菜、メイン。ある時は手作りのデザートまで。それらは全て出来立てで、揚げ物は熱々、麺類はのびることなく提供される。
献立は1週間分まとめて月曜日に掲示されるようになっていた。
それを週初めに見て今週も頑張ろうと気合を入れる。いつものように、よし、と気合を入れていると、“蕎麦“の文字が目に止まった。私は蕎麦アレルギーなのだ。
不幸中の幸いだったのは、それが今日ではなかったこと。事前に知ることができたため、お弁当を用意することができる。食堂のごはんのために仕事をしていると言っても過言ではないくらいのモチベーションなので、食べられないことはショックだが仕方がない。夕飯の残りをお弁当箱に詰めて持参した。
「⚪︎⚪︎ちゃん、お疲れ様〜!」
食堂の扉を開けると、いつもと変わらぬいい香りとおばちゃんの元気な声が出迎えてくれた。
「お疲れ様です〜!ああいい匂い」
そう言ってそのまま食堂の列に並ばず着席する私を、食堂のおばちゃんは見逃さなかった。理由を聞かれ蕎麦アレルギーだと伝える。おばちゃんは、そうかー、それじゃしょうがないねえ残念だねえと私よりも悔しそうだ。その気持ちだけで心温まる。
それから1ヶ月ほど経ったある日、またしても献立表に“蕎麦“の文字を見つけた。残念だけど、仕方がないなと思いながら眺めていると、後ろから声をかけられた。
「この日、⚪︎⚪︎ちゃんも食べられるから、お弁当持ってこなくていいよ」
食堂のおばちゃんにそう言われたが、一瞬理解できなかった。私、蕎麦アレルギーなんだけどな……。
半信半疑で当日を迎える。今日、私が食べられる食事はあるのだろうか。
ドキドキしながら食堂のカウンターに立つと、目の前にできたてのうどんが運ばれてきた。驚いて献立表を再度確認するが、そこにはやはり蕎麦の文字。
同期や先輩のトレーには蕎麦が置かれる。
「もしかして、私だけにうどんを用意してくれたんですか?」
「⚪︎⚪︎ちゃんにも、あったかいごはん食べてほしいからね〜!午後からも頑張って!」
小さい会社とはいえ、1人分だけのためにうどんを用意するのは面倒なはずだ。湯を沸かすところから鍋を分けるため、洗い物も増える。
感動と感謝の気持ちでいっぱいで、味わって食べたはずなのに、あまり覚えがない。
ただ一つ確実なことは、退職した今でも、おばちゃんのうどんが私の心を温め続けている。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。