「安心」を求めてチェーン店一択だった私が入店した定食屋さん

私は社会人になるまで、個人が営むお店の「日替わり定食」というものを食べたことがなかった。
それまでは外食と言えば、イタリアン、回転すし、ファストフードがほとんどだった。要するに、なかなか家で食べるのが難しく、外でしか食べられないものばかりである。
それは、私や周りの友人たちの好みがそうであったのもあるし、私の母がせっかく外食するなら、普段家では食べないものを食べたいという考えの人なので、その影響もあったと思う。そもそも個人が営むお店に行くこと自体、ほぼ無かった。外食は基本的にいつもチェーン店。チェーン店は定番の美味しい料理をいつでも食べることができるということに安心と利点を感じていた。
新卒で入った職場には食堂があり、日替わり定食が提供されていた。予め食券を買って料理を受け取る。味は普通に美味しかったし、値段も手頃で文句なしだった。同期の子たちと食堂に集まって食べるのが日課になっていた。
それで特に不自由はなかったけれど、ある時、同じ部署の先輩に、職場の隣に個人が営む定食屋さんがあると教えてもらった。料理は日替わりで、定番メニューはなし。つまり、当日行ってみないとわからない。私はかつてこのようなお店に行ったことがなかった。だから、先輩に一緒にお店に行くことを誘われた時、嬉しいながらもやや不安があった。私は食べ物の好き嫌いが全くない訳ではないので、当日自分の嫌いなメニューで食べられなかったらどうしようという思いがいささかあった。それは、それまで予めメニューがわかっているお店でしか食事をしたことがなかったということの裏返しでもあった。
そして、当日、やや緊張しながら先輩と一緒に入店。扉の前にはその日のメニューが書かれていた。幸いにもその日のメインは私の好きなローストビーフだったので、思わず安堵した。店内は小ぢんまりとしていて落ち着いた雰囲気。そして、10分も経たないうちに料理が運ばれてきた。
日替わり定食は色々な食材が少しずつ盛られていて、見ているだけでワクワクする。食べてみると、ほっこりするような優しい味わいで今までの外食経験とはまるで違った感じ。しかもお値段が700円でリーズナブル。予め先輩の奢りとは聞いていなかったけれど、お会計時、先輩がご馳走してくれることになった。考えてみれば、人に食事をご馳走してもらったのはこれが初めてだったと思う。その場で先輩にお礼は言ったものの、初めてのことで、なんだか少しぎこちなかったかもしれない。
それから、私は定期的にそのお店に通うようになった。お昼から、このお値段でこれだけバランスの良いランチを食べられるなんて満足だった。今まで外で定食を食べるなんて、学食や職場の食堂ぐらいしかなかったのに、気が付けば、休日などにおでかけした際にも、定食が食べられるお店にちょこちょこ入るようになった。天ぷら定食、カフェご飯、おばんざい……むしろ、そういったものの方が一度に色々食べられるという理由で好むようになった。
そして、2年4か月ほど経った頃、私は職場を退職することになった。退職すると今までのように、そのお店の料理を定期的に食べることはできなくなってしまう。その思いで私は退職前に食べ納めをすることにした。その時は自分の中で、それが最後の来店だと思っていた。
けれど、やっぱりそのお店の日替わり定食が食べたくなって退職してからも2度足を運んだ。1度目は同期の子に、2度目は同じ部署のパートさんに付き合ってもらった。2度目に来店した時に、次月から、お値段が700円から800円になるというお知らせが掲げてあった。それを見て、私は同情の気持ちを隠せなかった。それは、私が初めて抱いた、個人のお店ならではの温かみに対するものだったかもしれない。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。