日常を奪う災害。心の貯蓄を重ねたら、遠くの震災も自分事になった

「推しは推せるときに推そう」
これは、人や物、場所を「推している」人達の合言葉のようなものだ。もしかすると今日、明日、突然、推しはいなくなるかもしれない。だから、推せるときに思う存分、推しを推そうということだ。
一見、震災とは全く関係ないように考えられるが、この「推し」という言葉を身の回りの家族や友人に置き換えたら、どうだろう。
私たちは、いつ災害にあうかわからない。今、こうしてエッセイを執筆しているときに大地震が起こって、世界は真っ暗闇に包まれるかもしれない。そうしたら、私はどうなるのだろう。いつの時代も災害はいつ起こるかわからないからこそ、食糧や日用品を貯蓄して備えることはもちろんであるが、家族や友人と普段から思う存分コミュニケーションをとっていく、「心の貯蓄」も私は大事だと思っている。
「会える時に会っておく、話したいことがあるのなら、話せるときに話しておく。
食糧などの物資があるうちに、買っておく」
先に述べた推しの合言葉を、災害への備えの要点として書き換えてみると、こうなるはずだ。こうして書き連ねてみると、目に見える物資の貯蓄が最優先されるのだが、人との繋がりで得てきた宝物ともいえる日常も災害によって奪われてしまうことも懸念すべきである。
しかし、「心の貯蓄」と一言で書いても、曖昧な感じがして、実際にどう備えればよいのか?という疑問と課題で頭が真っ白になるといっても過言ではない。
そのうえで「まあ、明日もあるから、今日やらなくても良いか」という考えを繰り返してきた人は、この世に何人いるのだろうか。
筆者の私自身は、実際に震災で被災した経験がなく、どうしても今までの人生、そのような「明日は必ず来る」という保証に甘えてきたことが多い。だが、なぜ「今日」にこだわることなく「明日」に執着しようとするのかは不思議なことで、逆に「今日」にこだわることで「明日」は命無くても良い。という考えが出来る人は、どれだけいるのだろう。
震災に限らず、自分や家族、友人の命に保証はない。正直にいうと、震災はなるべく避けたい。そう私が感じたとき、「今日」に執着していないけれど、誰だって「命」には執着しているのだ、ということが明確に浮かび上がったのだった。
東日本大震災のとき、まだ小学生だった私は大阪に住んでいた。当時、一人で歩いてマンションまで下校していたのだが、揺れには全く気付かなかった。
マンションの駐車場で母と集団登校で見送っている同じマンションに住む親御さんが、「揺れとる、揺れとるよおー」と必死に呼びかける声で、何かいつもと違うことが起こったのだという雰囲気を察したのを、覚えている。
けれど、地震がどれだけ怖くて、どこに住んでいたとしても決して他人事ではなく、甘いものではない、ということを、当時の私はあまり理解しようとしていなかったのかもしれない。「揺れている」ということに対して、恐怖を感じることなく、どこかポカンとしていた当時の私は、「今日」とか「明日」、「命」に執着する大人の気持ちに辿り着くことが困難だったともいえる。
そうして、二十歳を過ぎ、能登半島地震をニュースで目の当たりにしたとき、私はゆっくりと、被災、マグニチュード、津波、という文字に、怯えていった。体温が一気に下がって冷え切ったお正月。もちろん、石川県に住む方や帰省でお正月を過ごしていた方の気持ちをすべて理解することは難しいかもしれない。だが、他人事ではなく自分事として捉えていたし、被災地の様子に目を背けてはいけないような気がした。
東日本大震災のときは、大阪から遠く離れた東北から伝わってくる揺れさえも感じなかったが、今では「心の貯蓄」から、命の尊さを重く感じ取ることができるのだった。
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