留学で「分かったふり」し続けた日々。自分を守る為に必要な嘘

人は、1年に約1,642回嘘をついていると言われている。驚くべき数字だろう。
それも無理はない。嘘をつくことは、誰しも一度は経験したことがあるはずだ。私たちは、大小様々な嘘をつきながら生きている。他人を傷つけないようにつく嘘。信頼関係を壊さないための嘘。
しかし、私たちは、「嘘をついてはいけない」「正直に生きなさい」こうした価値観で育ってきた。だからこそ、『嘘』この言葉を聞くと、一般的にネガティブな印象を持ちがちだ。果たして、嘘は本当に悪いものなのか。私は、使い方によっては、良いものになると考えている。
例えば、『お世辞』、『社交辞令』という言葉を耳にしたことがあるだろう。これらは、本音を言うことで他人を傷つけてしまわないようにつく嘘であり、優しさから生まれる嘘だろう。
だが、ここで疑問が生まれる。これらは、他人を傷つけないための優しさかもしれないが本当にそうだろうか。本心ではその人に「嫌われたくない」「いい人でありたい」といったような気持ちから自分を守るために嘘をついているのではないか。
私は、その1人だ。17年間生きてきて、悪気がなくても嘘をついてしまう。そして、罪悪感やその嘘がいつばれてしまうのかなどに押し潰されそうになる。これらは、嘘をつくことにネガティブな固定観念しかないからだと考えている。
私自身も、自分を守るために嘘をついた経験がある。将来英語を職にしたい私は、高校の留学コースで念願であった1年間のカナダ留学を去年経験した。しかし、それは想像以上に過酷で、「分かったふり」をする日々が続いた。
留学では、英語で会話をし、親元を離れ、未知の土地でホストファミリーと共同生活をする必要がある。小学生の時から、英語は得意教科、毎回評定では4以上でネイティブと仲良かった私は、留学は余裕だと考えていた。しかし現実は異なり、ホストファミリーの英語は、ほとんど理解できなかった。
単語を拾って何とか文脈を推測するものの、流れる英語についていけない。また、ホストシスターたちは、ネイティブレベルの英語で話せるため、もどかしさと孤独に押しつぶされそうだった。その結果、全員が集まり、雑談をする夕飯の時間が苦痛になった。
この状況をどうにかできないか、せめてホストファミリーやホストシスターたちが話していることぐらいは理解できるようになろうと沢山単語や表現を勉強し、積極的に話しかけたが、単語が分からないため、「どういう意味?」「分からない」と言うのが口癖になった。
一方で、ホストファザーには、私の努力がウザく映ってしまい、嫌われてしまった。そのため、会話を遮らないように心がけ、質問には答えられるように工夫した。分からないままでは、また『うざい』と思われてしまうのではないか。そう考えると、怖くて質問ができなくなっていた。
いつしか理解できていなくても「分かった」と言うのが当たり前に変わり、その場をどうにかやり過ごしていた。とはいえ、その場はしのげても、何も成長を感じなかった。
しかし、夏の語学学校でホストファミリーが一時的に変わり、「分からないことがあったら何でも聞いてね」と言ってくれた。その日からたくさん質問をし、「分かったふり」をしないようにした。そのおかげで、英語力は向上し、8割型理解できるようになり、ホストファミリーとも仲良くなれた。また、何より嘘をつく回数が減っていった。
この2組のホームステイ先で全く異なる生活を送ってきたが、どちらも貴重で無駄のない経験だったと思う。この経験から、本心を言うことが大事な場面もあれば、自分が悩んだり傷つかないようにするために、自分自身を守るための嘘も必要だと考える。
嘘は凶器にも防具にもなる。人を傷つけてしまう嘘もあれば、他人を守るため、信頼関係を壊さないため、そして自分自身を守るためにつく嘘もある。だからこそ、使い分けることが大事だと思う。
また、『嘘』という言葉についているネガティブでしかない固定観念をなくすべきだ。したがって、『人を傷つける嘘』と『自分を守る嘘』の違いを見極めることが必要なのだ。
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