ピンクのスーツで臨んだ小学校の入学式で、ピンクが嫌いになった

小学校の入学式。私は普段着ない薄いピンク色のかわいいスーツに身を包み、気分が上がっていた。しかし、小学校に着いて愕然とした。男子が全員黒い服なのは想像の範囲内だったが、女子で明るい色の服装は私だけだったのだ。当時はAKB48の全盛期で、彼女らの衣装のような服装が流行りだった。そのためか女子でも黒系統の服が多く、集合写真での私は非常に浮いて見えた。家族からは「かわいいよ」と褒められたが、人と違うことがとにかく嫌だった私はひどく恥ずかしく感じた。
それがきっかけだろうか。私は無意識的に「女の子らしいもの」を避けるようになってしまった。あの入学式の一件で嫌だったことは「人と違うこと」であり、かわいいものに対して嫌悪感があったのではない。しかし、記憶の取り違えが起きたのか、「人と違う」原因を作り出した「女の子っぽいピンクのかわいいもの」を排除しようとした。
小学校では様々な学用品選びがあるが、わざと女の子らしいものを避けてユニセックス(どちらかといえば男子向け)を選んでいた。高学年になって裁縫道具や彫刻刀セットを選ぶときは、ピンクや青など性別意識の強そうな色を避けて緑やゴールドという折衷案を自分で見出しつつあった。表向きには「中学生になった時に使っても恥ずかしくないから」としていたが、入学式のあのピンク色のスーツの一件がちらついて女の子らしいもの、特にピンク系を選ぶことに抵抗があった。
中学生になるとそんな変なこだわりは徐々に消えて、性別を意識せず自分の好きなものを選ぶようになった。当時好きだったアイドルのメンバーカラーが緑だったためか緑が好きになり、好きな色を選ぶときはとりあえず緑を選ぶようになった。
それから数年。今ではMrs.Green appleにハマり、さらに緑色が好きになった。一人暮らしを始める際に布団カバーやカーテンを買うときは結局全部緑系統になった。
タブレットを購入するときも色が選べたので緑にしようと思ったが、あいにく本体が緑のものがなかった。妥協してピンクにした結果、本体とカバーの色を統一させるためにタブレット全体がピンクになった。これを見た母は「恋をしているから?」と冷やかしてきた。
私に彼氏がいることに半年間も気が付かなかった母は僻んでよく冷やかしてきた。「『恋する乙女=ピンク』なんて古い考え方でめんどくさい」と内心思った。
今でも赤やピンクは女子、青や黒は男子という先入観が残っている気がする。そもそもピンク=女性、なんて誰がいつ決めたのだろうか?社会が作った呪縛にかけられているのか、それとも無意識に自らを縛り付けているのか。私がピンクを避けるようになったり緑が好きになったりした理由は、実は単純で深い意味がなかった。案外、「ピンク=女子」にも重要な意味はなかったりして。そんな浅いことにいちいち振り回されているとしたら、なんて馬鹿馬鹿しいのだろう。
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