大人になって気づいた色への偏見。本当に好きな色を選ぶということ

幼稚園年長組のとき、私はピンク反抗期になった。これまで好きだったピンク色が大嫌いになったのだ。きっかけは覚えていないが、嫌いだった気持ちは今でも覚えている。ピンク反抗期になったこの時期は、春から小学生になるということで、勉強机からランドセル、お道具箱などたくさんのものを買ってもらえる時期と重なった。
ランドセルについては、今でこそカラフルになり、“男女”という色分けが無くなってきているが、私の時はまだ女の子は赤っぽい色、男の子は黒っぽい色という風潮があった。しかし、その中で私は水色を選んだ。よく晴れた真夏の空のような濃くて明るい水色だ。当時は珍しかった為、母親に「本当にいいの?6年間使うんだよ?」と何度も聞かれたのを覚えている。
結果をお伝えすると、水色を選んだのは正解だった。私は6年間飽きることなく大切に使い、未だに状態がとても良い。そして学校でも、“水色のランドセルの子”とよく覚えてもらった。
5歳の私の意思を尊重してくれた母には感謝しなければいけないと思う。
その他、勉強机とセットの椅子の色や文房具など、ブルーかピンクの選択は必ず前者を選んだ。
周りからは青色が好きな子だと思われていただろう。確かに青色は好きな色ではあったが、ピンクが嫌だからという、消去法的気持ちの方が大きかったと記憶している。
今になって当時の気持ちを考えると、ピンクが嫌いだったんじゃなくて、私は、ピンクにあてがわれたイメージを押し付けられるのが嫌だったのだ。私の中でのピンクのイメージは、優しくて、フワフワしたお洋服を着て、ピアノを習っていて、週末にはお菓子作りをするような女の子だった。
しかし私は、活発な性格で、デニムを履いて、雨でも公園で遊ぶのが大好きなタイプだった。だから、自分とは正反対で、ミスマッチな感じがして嫌だと思ったのだ。
大人になるにつれて、そのようなピンクに対する偏見は無くなっていき、今はピンクも好きな色の一つだ。女の子らしくて気分が上がる色として、今日もピンク色のシュシュをつけて出社している。
25歳になった私の中には5歳の時とは異なるが、色に対して様々なイメージがある。自分自身の中で、それぞれの色の持つ力に心を寄せるのは、好きな感覚だ。
しかし、自分の外側に対して、色のイメージを強く持つことは危険だと感じている。例えば、ある人が好きな色を赤だと言うと、熱血系かな、目立ちたいタイプかな、自己主張強めかな…。好きな色を緑というと、穏やかな人かな、インドア派かな…など。その人を知らないのに、勝手に決めつけてしまう自分がいる。
5歳の私がピンクに対して思っていた感覚を、私は周りの人に対して、無意識的に抱いている。きっとこの感覚の危険性は、周りの人に対して思う感情を、自分にも押し付けてしまうからだ。
こう見られたい、若しくはこうは見られたくないと言った周りの目を気にして、本当に選びたいものが選べない、または自分の気持ちに気付けなくなってしまうように思う。
大人になった今、純粋に色を楽しむためには偏見や決めつけをなくすだけでなく、自分の心に正直でいられる素直さと強さが必要なのだと、5歳の私が20年の時を経て教えてくれた。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。