「女が働くなんてばかばかしい」人生で最も辛かったタクシー時間

これは2017年、私が27歳の時の出来事だ。
会社の研修が終わり、新幹線を乗り継いで約3時間の移動、地元の駅に到着したのは夜8時すぎ。私はひとりで駅前に並んでいたタクシーに乗り、運転手に自宅の住所を告げる。
出発して間もなく、男性の運転手から話しかけられた。
「あんた、仕事帰りか?」
「ええ、そうです。会社の研修に参加してました。支社が新幹線の距離なんですよ」
タクシー運転手と乗客の他愛もない会話。私は質問されたことに答えただけだが、運転手が続けた言葉に私は面食らった。
「女が働くなんてばかばかしい」
吐き捨てるようにそう言われた。
そして運転手は続ける。
「あんたは独身か?」
「はい、そうですが」
「女の幸せは早く結婚することだ。どうせ出産したら仕事できないんだから、初めから仕事なんてするんじゃない」
初対面の、しかもたまたま乗ったタクシーの運転手から説教を食らうなんて思いもよらなかった。
それから私の自宅前に到着するまで約30分、女性が働くことに否定的な持論を彼は展開し続けた。「すぐに仕事を辞める女相手に研修したって無駄だ」「私の知ってる女は適当に仕事をして、結婚したらさっさと辞めていく」など。
今まで利用したタクシーの中で最も辛い時間だった。ハンドルを握っている相手の手前、私はろくに言い返さず受け流すしか方法がなかった。
そのタクシー運転手は年齢を72歳と称していた。2025年現在も存命だとしたら今は80歳前後、焼け跡世代〜団塊の世代と呼ばれた層に当たる。
ここまで酷い偏見を浴びせられたのは後にも先にもこれだけだ。女性は家庭に入ることが当然とされた世代にとっては、社会に出ている女性そのものが色メガネで見てもよい存在だと認識しているのだろうか。
2025年現在、私は34歳になった。結婚や出産に縁はなく、正社員として働き続けている。
今の職場では独身の女性、既婚の女性、子育て中の女性――各々が自分のペースで労働に勤しんでいる。最近管理職の女上司が産休に入り、半年の育休を経て復帰予定だ。
時折、あの時のタクシー運転手の発言を思い返すことがある。
「女が働くなんてばかばかしい」
実のところ、私は働くことが特別好きではなく、キャリアアップの意欲は薄い。私が働く理由は給料を貰い、プライベートを充実させるためだ。
とはいえ仕事は疎かにせず、日々真面目にこなしている自信はあり、年齢的に後輩に教育・指導する機会も増えた。上司から一定の評価はいただいていると思う。仕事上で誰かに感謝されれば嬉しいし、生きる活力になる。
労働もプライベートも、私にとって大切な生活の主軸だ。
ちなみにそのタクシー運転手の話には続きがある。私に身の上話まで話してきたが、どうやら妻子がいたそうだが、何年も前に離婚をしたらしい。元奥さんと一人娘とは一切連絡が取れない、と乱暴に語っていた。
あのタクシー運転手がかけていた色メガネは、2017年の時点で時代遅れだった。自宅から少し離れた広い歩道で下ろしてもらい、料金を支払ってタクシーを降りる頃、私は溜飲が下がっていたのだ。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
恋愛やキャリアなど個人的な経験と、Metooやジェンダーなどの社会的関心が混ざり合ったエッセイやコラム、インタビューを配信しています。