「旦那に染まってきた」と語る友人。私は彼女の我の強さを愛している

「最近、旦那に染まってきてるかも」
休日、高校時代からの女友達がステーキ屋でそうこぼした。
彼女は数年前に結婚し、子供も2人産んでいる。旦那さんの仕事の都合で数ヶ月後に遠方に引っ越すことが決まっており、その話を聞いていた流れでの発言だった。
「それはどういう意味?」
「私は、本当に何もしたくないの。したくなかったの」
彼女は真剣な眼差しで言う。確かに、彼女は何もしたがらない。
いや、実際には既に2人も産んでいて子育てもしていて色々やっているのだけれど、それは彼女がやりたがった結果ではないのだ。
もちろん妊娠も出産も、最終的に彼女自身が選んだ道であるのは間違いない。ただ、子育てをしてみたい、お母さんになってみたい、という気持ちが元からある人ではなかった。
結婚したかったから、ではなく結婚してもいいと思える人と出会ったから結婚し、その人との子なら産んでみても良いと思えたから産んだ。目の前にあった道を進んだ結果、素敵なパートナーと子供たちに出会えた、というのが彼女の人生なのだと思う。
「だけどね、旦那は私と違ってすごくやる気があるの」
「うん」
「そういう部分が良いと思って結婚したし、実際それは良いところなんだけど、最近私のやる気も出そうとしてくるんだよね」
「うわぁ、それはイヤかもね」
「でも、旦那は常に正しいの。正しく、私自身が自然にやる気を持ててしまう方向に、私を導いてくるの」
「何それ、すごすぎない?」
「すごいんだよ。旦那は全てにおいて正しい。それ以外の面でも、性格も真っ当で善良なの。だから私は引っ越して数年して、しばらくぶりにあなたと会ったら、めちゃくちゃ真っ当な人間に染まってしまっているかもしれない」
そんな……。
決して悪い方向に誤解してほしくはないのだが、彼女は全然真っ当じゃないのだ。何もしたくない、と真っ直ぐに言い切れてしまうところもそうだ。そこが面白いというか、人間的魅力にもなっている、と勝手に友人として思っている。
「それは一般的には良いことかもしれないけど、個人的には悲しいよ」
そう伝えステーキ屋を出た後、もう1人の友人と合流した。彼女も高校時代からの付き合いだ。
染まる予定の方の友人が引越し前にアイシャドウを買いたいと言うので、3人でデパートのコスメカウンターに行った。日曜日だったのでなかなか混みあっていた。彼女がアイシャドウを試し、ちょうど購入し終えたタイミングで、もう1人の友人が自分も美容液を買いたいと美容部員さんに申し出た。
「LINEのお友達登録をしていただくと300円お値引きできますよ」
美容部員さんは、美容液の用意をしがてらそう案内した。
私は関係ないのでちゃんと聞いていなかったのだが、どうもこの案内は最初にアイシャドウを買った友人にはされていなかったらしい。
「あの、私もそれできますか」
友人はそう声をかけた。彼女の購入手続きは既に済んでいたのに、だ。
「大丈夫ですよ」
と言った美容部員さんの笑顔には、わずかに動揺が滲んでいた。アイシャドウの決済がクレジットカードで行われていたため、処理が面倒だったようなのだ。
結局クレカの決済を取り消して、300円オフした金額で改めてカードを切っていたのだが、友人が暗証番号を忘れていたためサインでやり直したり、とバタバタしていた。デパコスを買うときって、いちいち美容部員さんがカードを預かって、カウンターの奥に持って行って、みたいな動きになるから、余計に大変そうな雰囲気になっていた。
この話、誰に落ち度があったかという観点で考えれば、店側だ。客に平等に案内をしなかった店が悪い。ただ、他にも案内していたものがいくつかあったことや、混み具合、途中で店員さんがバトンタッチしたこと、皆が皆その割引を利用したがるわけではないのであろうこと等を考えると、大きな落ち度だとは思わない。
つまり、決済完了後のあの状況でわざわざ申し出た彼女は、がめつかった。
もう一人の友人も同じように思っていたようで、デパートからの帰り道、すごい、と言い合った。なかなか言わないよ、もう会計終わってんのに、と。
このがめつさは、社会規範に収まっていると思う。そもそもは案内しなかった店員さんが悪い。ルール内でしっかりがめつさを発揮する彼女を、好きだと思った。それでこそ私の友人だ、と。
冒頭で彼女が言った通り、数年後には真っ当な善人に染まってしまうのかもしれない。それでもこの我の強さは失わずにいてくれたら、と勝手ながら願っている。
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