大学一年の春、やぼったい服装に垢抜けない顔の私はひとりで部活棟を下から上まで隈なく巡っていた。
音楽系は中学高校で散々やったし、アニメとか漫画系は楽しそうではあるけど自分ひとりでも十分楽しめるな……なにか心の琴線に触れる面白いものはないだろうか。
そんなふうに思いながら、階段の昇降を繰り返した。ひとりで廊下を歩いていると、横から急に大きな人影が迫ってくる。

「一緒にサイクリングしませんか〜」

えっやりたい。反射的にそう思った私は、にぎやかな声の響く方角へ進んだ。

◎          ◎

狭い部屋の中央にある椅子に腰掛けるように促され、座ると優しそうな先輩がiPadを差し出してきた。
「うちはこうやってみんなでロードバイクを持って沖縄に行ったり、小笠原諸島に行ったり、時には海外に行くこともあるんだ〜」と動画や写真を紹介してくれた。

えー!すっごく楽しそう。旅にロードバイクという知ってるようでよくわからない乗り物を持っていくの、すっごく面白いじゃん。
動画を見終わった頃にはほぼ入部の決心を固め、すぐさまロードバイクを買い、夏の九州ツーリングへの参加を決めた。

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だがしかし、そのツーリングは音楽系の部活に所属していただけの自分には地獄そのものだった。
長時間走り続けるだけの体もなければ、ロードバイクのギアをうまく使いこなすこともできない。息切れに次ぐ息切れ、膝の痛み、長時間の直射日光。事切れる寸前、ほぼ虫の息といった様子で私はなんとか先輩たちについて行こうともがいた。
そんな体力のない私に合わせて、比較的涼しい早朝の移動や、適度な休憩を挟んでくれた先輩には感謝してもしきれない。

ようやく迎えた最終日、ヘロヘロで、ものに例えるならば石と化した私は、これまでの疲労を吹き飛ばす、青春以外の何ものでもない瞬間に立ち会うことになった。

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その日は偶然にもペルセウス座流星群が見られる日で、長崎の半島のキャンプ場に宿泊していた私は、一晩中浜辺で空を眺め続けた。
瞬きするたびに星は流れた。多分その夜だけで100回以上は流れ星を見たような気がする。360度、全てが見渡せたあの夜空は、これまでのどんな夜空よりも綺麗だった。

数日間共に走った仲間たちと、その日は朝日が昇るまで浜辺で寝そべり続けた。
浜辺で寝るなんて経験は、後にも先にもあの夜だけだ。
受験勉強に追われていた半年前までが遠い遠い昔のことのように感じられ、私はここにいる仲間たちと人生の節々で再会するんだろうなぁなんて想像していた。

私のとなりに寝そべっていた先輩は一晩中、天体観測やRPGなどのど直球ソングを爆音で流した。今考えると何の捻りも遊び心もなくてクスッと笑えてしまうが、この曲は数年経った今でもあの夜を思い起こすトリガーとなっている。

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寝起きは散々。腰は痛いし、疲れは全く取れていない。足や腕は虫に食われるし、肌は汗や脂でギトギト。人生で一番汚い寝起きだったように思う。

けれど、流れ星を眺めながら浜辺で寝る。漫画や映画みたいなそんな夜が自分の人生にあったことは、ためらうことなく、生きていてよかった!と神様に感謝したくなるほどのことだった。

あの夜空は、今でも私の心の中できらめきつづけ、そのBGMはいつまで経っても天体観測なのである。