大学生の頃、わたしは冒険家だった。
本来そんなガラではない。本が好き、お芝居が好きで、人見知り。休みの日は家の中で柿の種でもつまみながら、動画を見てゲラゲラ笑って、永遠にゴロゴロしていたい。できればチャレンジはしたくない、知っている場所で知っていることだけを楽しんで、安全に安全に人生を歩みたい。冒険なんてもってのほか。
そんな性質なのにどうして、自転車で各地を旅行するサークルになんか入っていたのだろう。

サークルでの自転車旅。1日80kmの移動をしていた昔が懐かしい

わたしの入ったサークルでは、クロスバイクやロードバイクという高性能の自転車で、学期期間中は土日を利用して近場のツーリングスポットを、長期休み中には1~2週間かけて、大学から遠く離れた地方(奮発する場合には近隣の外国)を回るという活動をしていた。

長期旅行のときは体力や走力に自信のある男子なら、1日200km近く走っていたのではないだろうか。女子でも運動能力に優れた人は、1日100kmくらい移動していたと思う。

体バキバキのアラサー会社員からすると全く理解不能な数字である。そんなわたしも当時は1日最大80kmくらいは頑張って走っていた。若いって本当にすばらしい。
旅の始まりは颯爽とサドルにまたがって……ではなく、自転車を解体し、輪行袋と呼ばれる大きな運搬用の袋に詰め、肩にかついで電車の駅へ。まずは大人しく電車に揺られ、目的地に着いたら袋から自転車を出して組み直し、そこから自転車旅がスタートする。

数日かけて数百kmを移動する旅であれば、1日ごとに数十km走らないといけない。事前によくリサーチして、宿となる場所を決め、そこを1日のゴールにする。途中どこにコンビニがあるか、昼はどこで食べるか、坂道の少ないルートはないか、下調べがものを言う。

走りに集中する日もあれば、観光メインの日があってもいい。綺麗な宿に泊まる日もあれば、ほぼ野宿みたいなキャンプをする日もある。疲れたなら本来のゴールより手前で宿を取ってもいいけど、最終目的地に着きたいなら、その分は翌日以降に必ず取り返さないといけない。
いや、でも一番大切なのは自分たちの健康だから、最終目的地を変えてしまうのも実はありだったりする。

自分たちで計画し、自分たちの足で漕ぎ進む旅は、厳しいながら自由で楽しかった。

自転車の旅で触れた数々の景色。そこでの感情は特別だった

先輩と一緒に回った東北では、太宰治の『津軽』でしか見たことがない「鰺ヶ沢」という文字を道路案内標識で発見して、ひっそりと感動した。
秋田から青森に向かい白神山地を回り込むようなルートを走って、右手にそびえる針葉樹林を見つつ、その深緑が鮮烈だった。

深い森の中、滝と川のそばの自転車道をゆっくり走って、今まで嗅いだことのないような澄んだ自然の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
十和田湖畔で食べた鮎の塩焼きはとても美味しかったし、高村光太郎の乙女の像は湖の静けさによく似合っていた。

翌年は先輩として後輩を連れ、北海道を訪れた。初日の夜はとんでもない雷雨で、よりによってテント泊だった。テントの布が隔てているとは言え、雨の中ほとんど地べたみたいなところに寝そべらせて、初めての長旅をする女の子2人に申し訳なかった。と同時に、大きい雨粒がテントの布を叩く音を聞きながら、こんな状況でも人間は眠れるし、生きていけるんだなあと思ったりもした。
幸いその夜以降は好天に恵まれた。わたしたちが走った北海道はとにかく広大で、大地が平らで、道がまっすぐだった。地平線に近いものを見たのはこのときが初めてだったかもしれない。

右手は海、左手は崖。はたまた右手は林、左手も林。そんな道を何度か通った。通行人がいなくて、歩行者だけでなく車も少なくて、今ここで何かあったら最悪死ぬかもしれないと思った。とにかく人の気配がするところに行くためには、足がパンパンになっても、汗がだくだく流れても、とにかく自分の筋肉を使ってペダルを漕ぐしかなかった。

ここには書きたくない無茶もした。携帯用バッグに極大のムカデが入ってしまうハプニングもあった。リサーチしていなかった銭湯が急に現れるという嬉しいサプライズもあった。
地元の人ご用達の定食屋で食べた海鮮丼は人生で一番美味しかったし、最終日に札幌で食べたスープカレーも絶品だった。旅には結局いつも食べ物の思い出がついて回る。

まあ、なんとかなる。まあ、生きていける。そんな気持ちになれた旅

自転車を乗り回していたあの頃は、我ながら同一人物とは思えないくらい、冒険していたと思う。
たぶん自分でもうっすら予感していたのだろう。自分の臆病な性格上、若気の至りという言い訳が利く大学生という時期を逃してしまったら、それこそ一生無茶苦茶なことには手を出さないだろうことを。

その予感通り、体バキバキ心しなしなのアラサー会社員となった今、あんな非・快適な旅をしたいとは到底思わない。だけどあの無茶苦茶な旅を通して感じたことは、今の人生に繋がっていて、根底で自信にもなっていると思う。
なんか、生きていけそう。
なんか、やっていけるかも。
前に進めば、最終的にはどうにかなる。
そんな非合理な、生命力に近い自信を、綺麗な景色や美味しい食事、汗と筋肉痛と共に教えてくれたのが、あの自転車旅だった。
まあ、なんとかなるか。まあ、生きていけるか。そんな最強の気持ちを思い出しに、また旅に行きたいなあ……と思う。