やっぱり朝は来る。し、昨日とは違う今日の朝がくる。
このまま同じ朝が来ればいいのになと何度願って眠りについたことか。
初めて同じベットの上でお互いの体温を感じながら目を覚ました。ぼーっとする私の髪を撫でてから彼はいそいそと身支度を始める。日が差し始めた部屋の中、うとうとしながらそんな彼を眺めていた。

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彼は「お揃い」と言っていつもつけている香水を私の手首に振りかけた。ふわっと香るヒノキとシトラスの香りが寂しさをより一層際立たせる。コレで最後かあ。ため息を飲み込んで笑ってみたけれど、うまく笑えていただろうか。

私は彼にずっと片思いをしていた。大学に入ってからずっとだ。教授の補佐として授業に現れた彼に一目惚れをした。授業中積極的に質問しに行ったり、廊下ですれ違うたびに立ち話をするのが当たり前になっていき、彼がよくいる教室の前を通ったり、授業でわからない問題を彼に聞きに行ったりと彼の目に触れるように意識的に行動していた。

彼も私の気持ちに絶対に気づいていると思うけれど、そのことをお互いに口にすることはなく月日は経っていった。なんとなくその方が心地いい関係でいられる様な気がしたからだ。彼に特別な気持ちを抱きながらも彼氏がいた時期もあったし、彼にも彼女がいた。

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先輩が卒業した後、私の大学生活の楽しみが一つ減った。ただ、先輩の就職先は地方でなかなか以前のようには会えなかったけれど、それをきっかけに連絡をするようになった。初恋のような胸の高鳴りを感じつつ、初めて連絡した日から徐々にやりとりすることが増え、いつの間にかたまにしか会えない先輩は在学していた時よりも近い存在になっていった。

先輩が帰省する時に会うようになり、と言ってもやっぱり恋人になることはなくて、ただ一緒に楽しく食事をするだけの先輩後輩のままだった。そんな中途半端な関係から抜け出したくなった私は遠距離でもいいから先輩と付き合いたいと酔っ払った勢いで言った。

彼は困った顔をしながら「異動できたらね」と私をなだめた。次に飲む約束をした時、彼は「会うのはコレが最後」と意味深なメッセージを送ってきた。いつものように食事に連れていってもらい、長い間、私たちは近づく終電の時間に寂しさを交えながら他愛のない話をしていた。「結婚する」と言われるんじゃないかと身構えていたけれど、彼の口からそんな話題は出ることはなかった。きっと彼も気づいたんだろう。全く異動できる気配もないし、業務も増えた彼の勤務地はずっと変わらないかもしれないと。いつまでも彼の帰りを待ちそうな私を解放するための「最後」だったのだろう。

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お店から出ると彼が「駅まで送る」と私の手を引いた。初めて触れた彼の手は私よりもずっと大きくて温かかった。駅に着いても止まらない会話に、今度は私が「ホテルまで送ります」ときた道を帰る。何遍往復しても満足できないこの道が迷路だったらいいのに、とかすかに香る先輩の香りを感じながら歩く。

ホテルの前に到着してもなお繋がれたままの手とさっきよりも近くなった距離感に少しの恥じらいを感じながら、二人は先程とは打って変わって口を開かなかった。沈黙の中でこのまま一緒に過ごせたらいいのになと思った。「もう少しだけ」と結局彼が取っていたホテルに泊まることにし、寝る支度をしてから初めて同じベットに入った。

彼の胸に顔を埋めると私と同じシャンプーの香りがした。彼が私の背中に腕を回し、抱きしめられるような形になった。もしかして、と体に緊張が走る。それでもいいと思った。コレが最後ならばそれで終わってもいい。そう思いながら彼のことを見つめていると「おやすみ」と頭を撫でて彼が目を閉じた。びっくりして「したくならないんですか」と聞いたら「本当に好きだからそうやって傷つけたくはない」といい、「目閉じて」ともうひとなでされた。

言われるがまま、素直に目を閉じると唇に何かが触れて、キスされたのだと気づいた。目を開けると彼はもう目を閉じていて私もそのまま目を閉じた。コレで最後かあと温かな彼の体温に埋もれながら夜が明けませんようにと願った。