今季初、一人暮らしを始めて初の雪は、10年に一度と言われるほどの大寒波に乗ってきた。
丸一日、横殴りの吹雪が吹いた。轟々と雷のように鳴り響く風の音やミシミシというアパートに心細くなりながら夜を越した。
翌日は雪ながら台風一過の有様だった。目を覚ますと外がいつになく静かだった。昨日までの吹雪も去ったようだ。いつも慌てて鍵をかけ、走っていく住人の音もない。
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カーテンを開けると強い光が差し込んでくる。瞬間目が眩んだ。痛みが引いて、ゆっくりと目を開けると、青写真のような世界にじわじわと色が戻ってきた。窓にはびっしり結露がついている。そのせいで外は見えないけれど、ただ外が明るいということだけは分かった。
つま先立ちで雑巾を取ってくる。わずかな歩数なのに、布団でぬくぬくと温まっていたはずの足は凍てつくように冷えた。
丁寧に拭いているときりがないので雑巾に水滴を吸わせていく。
濡れた窓の向こうはマシュマロみたいだった。雪の降り具合はスノードームくらい。
真っ新な表面は誰も人が通っていないことを示している。結露はこの部屋と窓の向こうの空気が隔絶されていることを表している。
少しだけ、この世界で一人になれた気がして心が安らいだ。孤独を感じると一人行動が好きな私でも少しブルーになるのに不思議だった。絶妙にリアリティに欠けるから楽観的でいられるのだろうか。
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少しだけ窓を開けて、思い切り息を吸い込んだ。ハッカ飴のような、鼻がスーッとする爽やかな冷たさだった。目の前は太陽の光が雪に反射してキラキラと輝いていた。
ふと、温かいココアか肉まんか焼き芋か、何か冬らしいものを身体に取り込みたくなった。ここ最近色々あって食欲がなかったのに。ちっとも空いていない胃に、生きるための食べ物を詰めていくだけだったのに。相変わらずお腹は空いていないのに、不思議だった。
特にすることもないし、散歩がてらスーパーに行った。マシュマロを踏み分けて向かう途中、小さな和菓子屋さんがあった。私の目を引いたのは、筆で書かれた半額の文字。文字の向こうにあったのは、普段は高くて手が出せない上生菓子だった。
雪の影響だろう。冬らしいものでも何でもないけれど、私は迷わずそれを買った。スーパーには結局行かず、自分が踏み分けてきた足跡をなぞるように家へ帰った。
鹿子と、外郎製の梅を形どったお菓子。
迷った末、お懐子の上に鹿子をそっと移し、黒文字を添える。梅の方は夜のお楽しみにしよう。キッチンの隅に恭しく置けば、殺風景な部屋が少し上等なものになったように感じられた。ポットに水を少し入れ、押入れからとっておきのお茶碗を出す。茶筅の穂先を見てその均一な曲線と間隔にうっとりとする。お抹茶を漉しておけば準備は完了。
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カーテンを開けた出窓にお菓子を運び、鷹揚に居ずまいを正す。腹が割れることもなく綺麗にふっくらと炊けた大納言達に潔く黒文字を入れていく。断面には粒子の細かな薄紫のこし餡が見えた。切り取った3分の1を頬張ると、甘さが身体に染み渡るのが分かった。
鹿子は上生菓子の中でも特にシンプルな構成のお菓子。こし餡を炊いた小豆で包んだお菓子だ。
ただの餡子だと言う人もいるだろうが、この鹿子にはそれを言わせないような、いや、ともすれば「へえ、お前はただの餡子だと思うのか」とこちらを試す余裕さえ見えるような何かがあった。そして、たとえ知ったかぶりでも背伸びでも、ただの餡子以上のものに感じ取れることを少し誇らしく思った。
残りも優雅に楽しみ、口の中いっぱいに甘さの余韻を残したところで、お湯を沸かした。茶筅の穂先を湯でほぐし、寒いからゆっくりと茶碗を回して温め、鮮やかな緑を2匙入れる。湯を注ぐ。茶筅でシャカシャカと抹茶を点てる。
表面をきめ細かい泡が覆いつくす。おしいただいて、一口。お菓子の甘さを抹茶のほろ苦さが流していく。もう一口。薄茶だけれど、ご飯を食べていなかったせいで、抹茶のカフェインが染み渡って、胃の形がくっきりと分かる感じがした。抹茶の熱さとカフェイン、それに渋みで頭の中の靄が晴れていく。ふぅと次に目を開けた時、私の視界は少しクリアになり、身体が軽くなっていた。
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私の心はいつになく凪いでいるのに、窓の外はまた吹雪いている。
好雪片々 不落別處
見事な雪はひらひら適当に待っているのではなく、全て定めに従って舞い落ちるのである。それと同様に、私達も困難や不安で上手くいかない時があっても、今やるべきことをやっていればいずれ着くべきところにたどり着く。
禅の言葉である。私にはまだ見事な雪がどのようなものであるか、今目の前にある荒れ狂った吹雪もそうであるのかは分からない。けれど、もし優雅な趣とは言い難そうなこの雪も見事だと評すなら、よっぽどでない限り、困難はこの雪を思い出して波乱万丈な道を乗り越えてゆけるような気がした。
カフェインに刺激されたのか、心の問題か、お腹が鳴った。今日の晩御飯は何にしようか。久しぶりに食べたいという理由でご飯を食べられそうだ。