とても親切なお姉さんだった。
だけど私の言動でそのお姉さんは二度と私と言葉を交わしてくれなくなった。

小学2年生、齢8歳ごろの私はとにかく新しい事にとても惹かれ、年上にあこがれ、早く大人になりたいという気持ちであふれていた。

それゆえの過ちを私は梅雨になるたびに思い出す。
集団登校の集合場所であったそのバス停は、私にとってはいろんな年代のいろんな性別の人たちと交流ができるとても刺激的な場所であった。

朝の通勤ラッシュにもかかわらず、私が話しかけてもイライラすることなくみんな親切に会話をしてくれた。そのぐらい私が住む町は田舎だった。
田舎では珍しく車の免許を持っていないサラリーマンやOLもおじいおばあも、思春期の学生もみんな。

◎          ◎

そんな中でも一番楽しそうに話してくれるお姉さんがいた。
彼女は隣町の高校に通っていて、スクールバスが迎えに来る30分前にはバス停で待っていた。親がバス停まで仕事前に送ってくれるから早くついているらしい。
そして中学時代、兄とクラスメイトだったらしい。

7つも年が離れているのに話した内容は忘れるくらい、いつも楽しく話をした。

◎          ◎

その時間は約1年続き、私は小学3年生になった、その年の6月の事。

毎日毎日いやになるほどの雨が降り続き、バス停内でみんな濡れないようにぎゅっと縮こまるように身を寄せ合っていた。

お姉さんはここ数日バス停に来ていない。風邪でも引いたんだろうか。

市営のバスが向こうから停留所へ入ってきた。
唯一7時台のバスだ。
お姉さんのスクールバスはあと10分ほどでやってくるはずだ。今日も来ないのか。

がらんとしたバス停で1人、私は同じ班の子供たちが来るのを待つ。
一瞬バス停の外に出てどれだけぬれずに帰れるかゲームを1人でしていた。

すると赤い傘を差した、制服を着た女子高生がこちらにゆっくり歩いてきた。
あのお姉さんだった。

数日ぶりに会えたお姉さんに傘も持たずそのまま駆け寄る。
お姉さんは笑顔でこちらに半分傘を差しだして、バス停へと向かう。ここ数日雨が酷いし、親が学校まで送ってくれていたらしい。
でも昨日から両親ともに夜勤でここまで歩いてきたのだという。

お姉さんはそういいながらスクールバックからふかふかのタオルを取り出し、誰よりも先に私に差し出した。私はもちろん断った。
だって私に半分傘を差しだしたせいでお姉さんの左半分はびちょぬれだ。

だけど断り方がよくなかった。
お姉さんのやさしさにうれしいような恥ずかしいような気持ちと、久々にお姉さんにあえてうれしい気持ちと、最近見たドラマのセリフから覚えた新しい言葉を使いたいという気持ち。

「結構です」といった。

とたん、お姉さんは優しい笑顔のまま固まった。少しショックそうに結構です?と聞き返してきた。私は無邪気にうん!と言葉を返す。そっか、結構です、か。
そう小さくつぶやくとほぼ同時にやってきたスクールバスにお姉さんはこちらを一度も見ずに乗り込んでいった。いつもだったら見えなくなるまで手を振ってくれるのに。

ああ、そうか。この言葉はあまりよくないというか、とにかく間違えたんだ。
そう分かった時にはもうバスははるか遠くにあって、私にはどうすることもできなかった。

それからお姉さんは二度とこちらを見てくれなくなった、謝ろうとしたが耳にイヤホンを突っ込んで携帯から一度も目を離さずバスが来たらすぐに乗り込んでいってしまう。

怒っているんだとても。そうして私はとうとう最後まで謝れなかった。

◎          ◎

大人になった今ならわかる。確かに断り方という点では間違ってはいないが、とても冷たく聞こえてしまう言葉だと。

お姉さんも私を妹のような友達のような近い関係に思っていてくれたからこそ、お姉さんは怒っていたのではなく傷ついたのではないかと。

無理やり体をゆすってでも、遠ざけようと思って言ったんじゃないと言えばよかったと。

それから今日まで梅雨じゃなくても雨が降った時、バス停に女子高生が待っているのを見ただけでもその光景を昨日のことのように思い出す。

もう一度会って伝えられる機会があるのなら伝えたい。

あの時言えなかったごめんと、いつも楽しくお話してくれてありがとうと。