昔は雨の日が好きだった。
今は嫌いになってしまった。

見た目に気を使い始めた最近は傘が必須。
中学生の頃は傘を持ってたのにささずに深い水たまりを見つけては靴を濡らしていた。

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この間、それは梅雨を少し過ぎた秋の雨の日だった。私は大学で友達と少し喧嘩をしてしまい、いてもたっても至られずその場から逃げて図書館に向かった。
さっきの怒号が耳から離れなくてどうにも勉強が身が入らなかった。身が入らないどころか、さっきの出来事を回想して泣きそうにまでなっていた。いけないいけない、目の前のテーブルにも人がいる。人前で泣くのは私のポリシーに反する。そう思って私は図書館を後にした。

図書館に置いていたはずの私のビニール傘が盗まれていた。もう災難続きでまた泣きそうになったが、傘を貸してなんてわざわざ人に頼むほど、私は人に寄っかかることはできない。帰るだけだししょうがない、久しぶりに雨に濡れて帰るか、小雨だしと自分を説得して歩き出した。

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10分だけの道のはずがすごく長く感じた。こういう時に限って赤信号は続くし、なんなら信号待ちしている間に雨はどんどん強くなった。涙と雨が一緒になって泣いてることがバレないからちょうどいいと思いつつやっぱり悲しんでいると、私の頭上に何かが覆い被さった。訳がわからず上を見上げて隣を見ると女の人が私に傘をさしてくれていた。

その人は「どこまで行きますか?」とだけ言った。不意に人の優しさに触れて心がほんの一瞬で大晴天になった。スルースキルの高い令和の日本人は、私のことなんて見えてないと思っていたが、そんなことはなかったらしい。
ほんとはここから8分くらいのところに家があったけど、さすがに送ってもらうのは憚れてしまって、すぐ目の前にあった薬局を指差した。すぐその女の人とはお別れした。

そこから、する予定ではなかった買い物を済ませ、また雨の中家に向かった。雨に濡れてる事実は何も変わらないが私の心だけはとてつもない変化だった。

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あれは夏休み直前の頃のことだ。
私はよくわからない教室で好きな人と勉強をしていた。好きな人が目の前にいるなんて今までにない光景で勉強中にもかかわらず、私はパソコンを目の前に、1人でニヤニヤしてしまっていた。やばい見られたら、きもがられるどうしようと思いながらもやっぱり嬉しくて頬が緩んでしまう。

一方その頃、その私の恋の相手はこちらを全く見ずに勉強に集中している、さみしいような、私の表情がバレなくてよかったような不思議な感覚だった。この人はいつも知らない感情に私を誘いだす。
大学の施錠の時間が近づいてきて、警備員さんがそろそろ来る時間らしく(私はこんな遅くまで大学にいたことがなくて知らなかった)、2人でその謎の自習室をあとにすることにした。

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雨だった。わたしは梅雨以外に天気予報を見るなんていう習慣がなくて傘はもってのほか、折りたたみ傘も持ってきている訳がなかった。メイク崩れる!好きな人とせっかく帰れるのにと思いながら、メイクが崩れる前にバイバイしようと早足で歩いた。

前髪と顔に手をかざしながら一緒に歩いた。好きな人と帰るのは初めてで、また私はニヤニヤが止まらなくなっていた。

一方その頃、また私の意中の相手は無表情だった。カバンを探ってるなと観察していたら、おもむろに折りたたみ傘を出した。家の方向が違うだろうし、さっさとバイバイしようと思った。
「傘貸す?」
無表情だけど優しい言葉にまた胸が鳴った。
私は申し訳なくて
「すぐそこだから」
と見栄を張った。

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そこからなんて言われたかは、なぜか覚えていないが、好きな人が私を送ってくれることになった。予期せぬグッドハプニング。相合傘だ。少女漫画育ちの妄想好きの脳内お花畑の私にはウキウキのシチュエーションだ。
こんなこと現実にあるのかとまた妄想に耽りそうだった。危ない!現実だこれは。
いつもより近い距離で初めて好きな人の匂いが私の鼻に到達した。匂いフェチの私から言わせてもらうととてもいい匂いだった。
人は恋すると気持ち悪くなるとはよく言ったもので私もその当事者となった。

雨大好き。相合傘大好き。あなたも大好き。とルンルンで歩みを進めた。正直何を話したかはまた覚えていない。ただ心が黄色とかピンクとか派手な明るい色に染まったことだけ覚えている。あと好きな人の香りも覚えている。

暗くてよく見えなかったがあなたの横顔は笑っていた。素敵な笑顔だった。
同じくらいだと思っていた身長も近くに並んだら、全然同じではないことにも気がついた。身長にこだわりはないが、不意にときめいてしまった。好きだから何をとってもやっぱり好きなようだ。
雨のこともついでに好きになれるかもしれない。