私には会いたい人がいる。会えない日が続いても思いは変わらない。

最後に会った日から、一度も思い出さなかった日なんてない。きっとまた会えると心の奥でずっと信じている。

私の会いたい人は日本にはいない。遠く離れたマルタの語学学校で先生をしている。初めて出会ったのは語学学校で新しいクラスになった日だった。

明るい声と笑顔で入ってきた先生はクラスメイトに自己紹介をさせ、私も自己紹介をした。前のクラスでは自己紹介はなかったので、まずそれが新鮮だった。先生は私の日本の名前に苦戦しながらも、一生懸命名前を覚えてくれて、指名する度に名前を呼んでくれるのが印象的だった。前のクラスではクラスメイトの名前を覚えなくてもいい、指せばいいというスタンスだったので気恥ずかしかった。

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突然だが、私は気まずさを味わうのが好きではない。

高校生の頃知っている人に会ったら仲の良さ関係なく挨拶すべきだと思っていたが、挨拶しない知り合いがいると自分が否定された気がして心が沈んだ。先生でも挨拶してくれない人がいて、「先生なんだからせめて挨拶しなよ。生徒の手本にならなきゃなんじゃないの」などと思っていた。

そんなことを繰り返すうちに人と会い、話すことさえ何だか気まずくなってしまい、外に出れば知っている人に会うという閉塞感や窮屈さが苦手になった。

マルタでも気まずさは感じていたが、知り合いが少ない上、語学学校で知り合った方々は挨拶してくれる人が多くて、幾分気が楽だった。

クラスが変わって2日目に先生とお手洗いで遭遇した時、誰か出て来たと思って目を伏せていたが、先生は自分から挨拶してくれてびっくりした。いつのまにか誰かにあっても挨拶しないことが自然になっていた私は、目を伏せていても挨拶してくれるんだ、と少し嬉しかった。

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また、画面がフリーズした時はちょっと待ってねと言ってくれ、ドアを生徒のために開けて先にどうぞと譲ってくれた。日本人はシャイで遠慮しがちな民族なのかもしれないが、先生は積極的にコミュニケーションをとってくれてそんなところが大好きだ。

先生は優しくてうまく答えられなくてもフォローしてくれ、生徒の英語を聞き取ろうとしてくれた。英単語ゲームで上位になったら景品としてお菓子をくれたり、週末の予定をクラスで共有したりしてフレンドリーなクラスで楽しかった。

先生の机は綺麗に整頓されていて、授業の10分ほど前には教室にきて準備していたり、授業中に火災報知器が鳴った時にはすぐに切り替えて誘導してくれたり、パワーポイントが沢山用意されていたりなどと先生のメリハリのあるところも尊敬している。

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1週間半しか教えてもらえなかったのが心残りで寂しかった。最後の授業の日も、飛行機の中でもずっともう会えないかもと思うと悲しかった。

私はもう人生であんなにも素敵な先生に出会うことができるのかとさえ思っている。あんなにも私を幸せで満たしてくれ、感情を表現してくれ、気をつかってくれる、そんな人はいるのだろうか。

今まで日本では先生でさえも気まずいと感じてしまうばかりで、なんだか人のことを心から好きになったり、信用したりするということがなくなってしまった。どうせ別の場所で会ったら見て見ぬふりするんでしょ、じゃあ初めから話さなければ良いと新しく会った人に対しても思うようになってしまっていた。

すべての外国人があの先生のように優しいわけではないということは既に分かっているが、先生との出会いは私にもっと世界を見たいと思わせてくれた。小学生以来ぶりに先生に手紙を書きたいと思い、写真を撮りたいと思った。

そんな先生に出会えて私は本当に幸せ者で、中学受験をして、コツコツ勉強して大学に入って、短期留学をしようと思って、この先生に出会えてよかった、と今まで歩んできた道を肯定できるような気分になった。

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先生が私のことを覚えているかわからない。私はただの1生徒にしかすぎなかっただろうし、1週間半しか共に過ごしていないから忘れても当然だ。最後の日に渡した、気持ち程度の手紙が先生の手元に残っているとよいなと思いつつ、名前はわかっても顔は忘れてしまうだろうなと思うと胸が少しぎゅっとなる。

会えないのはとても寂しくてたまに泣いたりもしていたが、また会えることを胸の奥でずっと信じている。

また語学学校に会いに行きたいが、その時には、もっと成長した自分で在りたい。先生が覚えていなくても、また新たな関係を築きたい。でも、次に会ったらその後会えるかわからないからもっと悲しくなってしまうだろうな、また会いたくなるだろうなとも思う。

ずっと先生が語学学校で教師を続けているかはわからないし、また先生のクラスになれるかもわからないと思うと不安だが、こんな素敵な先生に出会えた奇跡に非常に感謝している。
また、T先生と再会できることを心から願って。