その人に出会ったのは23歳の時だった。7つ、私より年上の人だった。初めての恋だった。

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会社の繋がりで月に何度か顔を合わせる機会があったことから、同性の先輩に「紹介したるわ、仕事で話すやろ」と連れて行ってもらった飲み会がその人とちゃんと話した初めての機会だった。ただ、飲み会に連れてきてくれた先輩の酔ったテンションについていけなくなって、なんとなく外に出たかったとき、その人が煙草を吸おうと立ち上がった。

その時、とっさにその人のシャツの裾をひいて、「私も行ってもいいですか」と声をかけた。少し驚いた顔をしたその人は「ええよ」と言った。私は喫煙者ではなかったけれど、その人のあとについて外に出た。

「吸う?」

差し出された煙草をくわえたが、どうしたらいいかわからない私を見て、その人はふっと表情を崩した。

「普段、吸わんの?」
「吸いません。でも、吸えます」
「なんやそれ」

静かに笑っていたその人がライターを渡してくれて、つけ方を教えてくれた。大学時代に遊びで一度きり吸った煙草を久しぶりに吸った。むせた。恋をした。

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先輩からたまに誘われてその人と飲む機会が増えた。たまに煙草休憩についていくと、彼は私に煙草を1本とライターを渡した。回数を重ねていくと、それまで手渡しだった煙草が口元に差し出され、自分でつけていた火は彼がつけてくれるようになった。そのうち、二人で飲みに行くようになった。酔った私の手を、彼の手がひいていた。夜だけではなく、昼にも会うようになった。

5回目のデートの帰り道、私は意を決して思いを告げた。7つ下の私になんか興味もないだろう。どうせこの関係もキープだろう。なら、もうはっきり振られたい。そんな思いから、彼の最寄り駅の改札で「好きです。彼氏になってくれたらいいなって思ってます。でも、無理だろうなって思ってます」と言って逃げようとした。「彼氏になって」の時には抱きしめられていた。そうやって、私と彼は恋人になった。24歳の冬のことだった。

付き合い始めは、幸せだったと思う。私は彼のことが好きだったし、彼もそうだと思っていた。彼の大きくて温かい手にひかれて帰るデートが好きだった。静かな人だけど、たまに語られる話が面白くて好きだった。はしゃぐ私を優しく見つめる目が好きだった。

それが変わり始めたのはいつからだったんだろう。「年が離れすぎとるから」とことあるごとに言われていることに気が付いた時か。

私が誘わなければデートに行くことがないと気づいた時からか。「彼のこと、ちゃんと好きやし」と周りに言いながら、自分が自分にそう言い聞かせているだけだと気が付いてしまった時だろうか。

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彼と付き合い始めて8か月が経った私は、深酒をして「好き」に自信が持てないことを痛感すると、煙草を吸った。彼と同じアメリカンスピリットに火をつけた。あの時の気持ちを思い出させてくれるかなと思ったけれど、口に残るのは苦みだけだった。メッセージアプリに残った楽しかったころのメッセージも、彼への思いがもう思い出になっていることを確認させるだけのものになっていた。

いつしか「別れるかなぁ」という言葉が口に出るようになった。

だから、別れた。

私から始めた恋は、私がメッセージアプリで送った「もう別れましょうか」のメッセージで終わった。彼からはあっさり承認のメッセージが送られてきた。考えつくしたことだったから未練がなかった。1日泣いたらもうどうでもよくなっていた。

翌週のバルセロナ旅行が終わったころには、彼は過去の人だった。持っていた煙草は、駅のごみ箱に9割を残して捨てた。ライターは非常時用に置いているけど。

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して、別れて5か月後、マッチングアプリで知り合った人が彼氏になった。

あなたと職種は全然違う。年齢は年上だけど、2つ差。身長はあなたより低いけど、それ以外はあなたより好み。あなたと違って、毎日連絡をくれるし、私と会うために忙しくても予定をあけてくれる。

結婚も子供も視野に入れてお付き合いをしてくれる。何より、あなたよりずっと「私のことが好きなんだな」って思わせてくれる人と、今恋をしている。自分に言い聞かせなくても「私、今の彼が好き」って胸を張って言える。

だけど、それはあなたに恋をしたからだと知っている。あなたが教えてくれた初恋のおかげで、私は変わった。愛され方と愛し方を知った。恋の終わり方を知った。続け方は、これから模索してみるね。

だから、ありがとう、私が好きだった人。もう会いたいとは思わないけれど、たぶんあなたのことは一生覚えている。似た人を見るとあなたがよぎると思う。だけど、とりあえずはさようなら。どうか、幸せに。