もう25歳か、うかうかしていられないな、お正月の実家でふとボヤくと35歳の姉に怒られた。

最近になっていよいよ「今の彼と結婚したいんだよね」この言葉が周りに漂い始めた。
レズビアンである私とは遠く離れた「結婚」という言葉。

この言葉を聞くと私はこの社会の中で透明人間になったような気が遠くなるような気持ちになるのである。だが、私にもこの言葉の近くにいた時期があった。

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私が彼に出会った時、私は中学2年生だった。田舎の広い体育館の床に座っていた私たち生徒の前に現れたのは今の私と同い年の彼であった。

ませた女の子はどうして学校の先生のことを好きになるのだろう。
同世代の男の子たちより、優しくて、体格が良くて?普通の女の子よりも早く寂しさに出会うが故に生じる行き場のない孤独感を埋めてくれる包容力があるように見えるからだろうか。直感派の私は一目で彼に特別な感情を抱いた。

「お母さんにご挨拶をさせて欲しい」

中学校の卒業式の日に先生もとい彼と連絡先を交換し、私たちはお互いに好き同士であることが明らかになった。向こうがまずしたのは親への挨拶だった。

「君のことが好きで付き合いたいけれど世間的に考えてこの年の差と、元先生と生徒という関係はよろしくないんだ、僕も遊びじゃなくきみと真剣に将来を考えているから」

私が高校入学してまもなく彼と母親との顔合わせで私は極上のお刺身をいただくことになった。

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母親は恋愛にオープンかつ自由な人であったからもとより娘が先生と付き合うことに関して嫌悪どころかウェルカムの姿勢でその事実を受け入れた。

「結婚を見据えて真剣にお付き合いをさせて下さい」

高校1年のまだまだ若い私の目には信念を持った彼の表情が夢物語のようにハンサムに見えた。

母親もそれは同じで、スーツがよく似合う高身長の爽やかな公務員が娘との将来を契る様子を見て、大層喜んだ。

そのまま私と彼との恋愛は6年間続いた。

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危機は何度かあったがその度に彼の情熱が私を引き止めた。
しかし、私たちは別れた。
今になって思うのは一人の女性が男性に愛される一生分の愛を私は彼から貰ってしまったのではないか、そんなことは無いかもしれないけれど、私はだんだんと彼の男性的な愛情が受け入れられなくなっていった。
最後の方はもう彼のゴツゴツした男っぽい手に触られるのも嫌になり、私は彼の前で笑わなくなった。
自分でも死んでしまったように感情が動かなくなっているのを感じていた、それは彼から見ても明らかだったようだ。

だから言葉にするまでもなく私たちの関係は終わりを迎えるはずだったが、彼は泣きながら私を引き止めた。

どうして、いつから、なんで、どうにか続けることはできないか
私も分からなかった。確かだったのは、もう一緒にはいられないということ、これだけだ。

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彼と別れてマッチングアプリに登録をしたが、どうしても男性に惹かれず、ふと見たドラマにうつったレズビアンバー、そこで飲む女性を見て私は次の週に大学の友人とレズビアンバーに行った。

そこから私のレズビアンとしての人生が始まった。
白くて柔らかくて綺麗で可愛くて、なのにどこか影のある存在は私にとって魅力的で
どの女の子も私を幸せにも、不幸にもするたくさんの感情を私に授けてくれた。

だが女性同士の恋愛は予想以上に上手くいかなかった、2人目の彼女と別れ、好きになった人にも振られて寂しい夜に久しいアイコンが私のスマートフォンに表示された。

見間違いかと思い、目を疑ったがたしかに彼だった。

「結婚するんだ。夜景が綺麗なホテルの最上階でプロポーズをした」

久しぶりに聞く彼の声に私の気は遠くなったが彼の幸福な香りが徐々に私の気を確かにしてくれた。

「本当に好きだった君と別れて生きるのが辛い日々を何日も過ごした、もう俺は一生幸せになれないと思っていたよ、でもなれるもんだな」

ふいに目の奥が熱くなる。私は何も言ったつもりはなかったが、向こうから返答があってハッとした

「ありがとう。だから、大丈夫だよ。きみも、幸せになれる。幸せに、なってくれよ」

その後、彼は彼自身のこれからの話をした。家を建てようか迷っているんだ、子供もこれからだ、結婚ってゴールじゃなくてスタートなんだなあ。

たどたどしく、しかし確信を持ちながら語る彼の声からはいつかの夢物語の時にみせた
ハンサムな表情を彷彿とさせた。

私が今レズビアンとして生きていることを彼に告げるつもりは無いもうこの人生で1度も会うつもりはない。

しかし、もう1度会えるならシナリオはこう、かな。

彼と、その隣のベビーカーをおすお嫁さんと偶然、街中ですれ違うのだ、私は気づくが、彼は気づかない。彼は幸せを守るために大股で歩く、私は私の隣にいる人との幸せを踏みしめるようにゆっくり歩む。

お互いそれぞれの幸せを胸にすれ違うのだ、きっとそれがいい。