これは人生で二度目にご飯が食べられなくなった時の話だ。
ちなみに一度目は高校生の時、失恋をした日のことだった。その時はただ悲しくて、苦しくて胸がいっぱいで、ご飯が食べられなかった。

二度目は少し違った。しんどくて苦しくて報われなくて、食べ物を食べる気力がなくなってしまったという感じだった。

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私はかなり厳しい稽古場で茶道を習っている。周りはベテランばかり。気遣いのつもりでやったことが裏目に出て、生意気だと思われてしまうこともあったし、姉弟子や舎弟など人間関係に挟まれていつも肩身の狭い思いをしていた。
でも、どんなに苦しくても、言いたいことがあってもそれを言える相手はいなかった。同年代で茶道をやっている人なんていなかったから、気軽にそういう話ができるわけでもなかったし、言ったところで私の気持ちは伝わらないだろうと思った。

家族にも言えなかった。いつも優等生で強い娘ばかりを演じていたから、今更弱音なんて吐けなかった。

でも、誰かに聞いて欲しかった。話を聞いてもらうだけではなにも変わらないと分かっていても、相手にとってつまらない話だと分かっていても、ただ聞いてくれるだけでよかった。私が辛い気持ちだというのを知ってもらえるだけで、私は幾分か一人じゃないと思える気がした。願はくば、それは私の大切な人であって欲しかった。

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だけど、恋人は私の話にまったく興味を持たなかった。何を言っても適当にうんというだけだった。挙げ句の果てには「お酒を飲めば忘れる」だとか、「寝ればいいじゃん」などと言われた。

わがままなことは百も承知だが、聞いてくれるだけでいいと思っていたはずなのに、状況は悪化した。彼は私を好きだと言ってくれる。でも、好きな人が大切にしていることを大切にできないなら、彼の好きな私は、彼が見ている私であって、私自身ではないように思えた。

それから何度も話した。別れたい私と別れたくない彼。彼は本気で私を繋ぎ止めようと必死で、私が嫌な気持ちになったことを伝えると本気で反省していた。でも、いくら謝ってもらっても、反省しても、私にはもう、彼を信じる心の余裕はなかった。
ゼリー飲料ばかりを体に流し込み続ける毎日が過ぎた。体重は4kg落ちた。でも、ストレスは一緒には流れてくれなかった。常にむしゃくしゃして、かと思えば悲しくて、人恋しくて、でも誰かと関わって傷つくのはもうたくさんで。どうにもならない気持ちばかりが募った。

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そうして数ヶ月が経った。少しずつ時間は私の傷を古傷にしていってくれた。そして、とうとう別れた恋人から数ヶ月振りに連絡が来た。他愛のない話もたくさんした。

受けた傷はまだ完全に癒えたわけではなかったし、これから癒えたとしても、私が傷ついた事実はなかったことになるわけではない。でも、時間を空けてもなおやっぱり私が好きだと言ってくれる、彼の心なしか頼もしくなった声を聞いていると、もう一度、信じたいと思えた。

恋人に一人の時は作らないような料理名のある料理を作る。それを一緒に食べる。それがこんなにも温かくて幸せなことなのだ。そんな当たり前のことに気づくという月並みな結論が出せたことこそを幸せに思った。