忘れ得ない人というのは、人生の中で何人か登場するものだと思う。忘れることができない人や忘れたくない人、忘れてはいけない人……でも、その中で「もう一度会いたい人」というのは中々少ない。謝りたいことがあっても、実際に会ったら卒倒するのではないかと思う人とか、許してあげようと思っても、心から相手を許せるか不安なんて人が、情けないことに大半である。そんな未熟者の私でも、いつの日かもう一度会ってみたいなと思う人が一人だけいる。それは、かつて私を心から愛し、大きく裏切った、ある男である。

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彼と出会ったのは、まだ私が学生の頃であった。当時の私は、ほとんど恋愛経験がなくて、きちんと「お付き合い」をしたのは実質彼が初めてだった。少し年上だった彼はそんな私にもいつもとても優しくて、私をお姫様みたいに扱ってくれた。何かあるごとに、いや、何もなくてもお花を買ってくれたり、ちょっとぶつかることがあっても最後は必ず仲直りのハグをしてくれたり、そんな人だった。女慣れしているとかそういうことではなく彼の本質がそうさせている感じで、間違いなく彼は私のことが大好きだったし、私は彼のことを心から愛していた。付き合って二年が経ったある朝、私は彼からの電話で目を覚ました。朝から電話なんて珍しい。何だろうと思って電話を取ると、どうも様子が変だ。

「どうしたの?」

私が聞いても彼は何も言わない。
私は心配した。嫌な予感すら、しなかった。

「どこにいるの?何かあったの?」

しばらくの沈黙ののち、彼が重い口を開いた。

「……ごめん」

ゴメン?ごめん?

彼は、酔って浮気したのであった。

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今になって思えば、言うなよ!と突っ込みたいところではあるが、でも、良くも悪くも彼はそういう人だったのである。これは当時の私には本当に大きな衝撃であった。世界から色が消え、料理から味がしなくなった。許そうと思ったけれど、どうしても許せなくて、数ヶ月かかって結局、彼とはお別れした。目を見たら別れられないと思って、最後は文字を送っただけだった。

「今までありがとう」

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この事件以降、どれだけ幸せの中にいても心のどこかで「また裏切られるのではないか」という疑念が湧くようになったのは事実だ。正直にいえば今もなお、私はその怖さを感じていて、ある意味では呪いのようなものだから、勘弁してくれよと思う気持ちもある。でも、あれから五年以上が経った今、彼を恨むような気持ちは全くなくて、ただ不思議と彼と会ってみたいなと思うのである。別に許すなんて言うつもりはないし、謝罪など求めていない。この一件などどうでもよくて、ただ酒でも飲みながら馬鹿話をして元気でね、と別れたいのである。心のどこかで最後に目を見て別れられなかったことを後悔しているのかもしれないが、自分でもなぜそう思うのかハッキリとはわからない。ただ、会ってみたいのである。

現実的なことを言えば、彼が今どこで何をしているのか私は知らないし、積極的に知ろうとも思わない。だけど、いつか彼に会う機会があったら言おうと思う。

「いろいろあったけど、楽しかったよね」って。

それから「やっぱりちょっと憎んでる」って。