彼を好きだったのは本当。だけど、漫画みたいに輝いていた日々に、すがりたかっただけだったのかもしれない。

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物心がついたころから少女漫画が好きで、いつも誰かしらにときめいて恋をしていた小学生〜中学生の頃。

中学2年生の時、一番濃い恋愛をした。中学1年生でクラスが別の時も、整った顔の子だなと密かに彼を目で追っていた。何と2年生で同じクラスに。そして2年生が終わった終業式の日、彼と私は晴れて恋人同士になった。

恥ずかしがり屋な私とは対照的に、彼はいつも堂々としていた。恋人との初めてのイベントも何度か過ごした。浴衣を着て地元の花火大会。彼の家族に混ざってお出かけしたり。ファーストキスも彼だった。彼はキザで、少女漫画のような扱いをしてくれるものだから、私はまるで少女漫画の主人公気分。

付き合って半年くらいの頃、私から彼に別れを告げた。気持ちが冷めたのか、別々の進路を歩むことに自信が無かったのか、彼の愛情を重く感じてしまったのか。理由は色々とあったと思う。

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中学を卒業して、別々の高校へ進んだ。自分から振ったくせに、高校生活が上手く行かないとなると、あの日々が恋しくなった。1年に1、2回彼からLINEが来たり、SNSで接触があったりした。SNSで彼に新しい彼女が出来たような様子を感じとると、もう自分の恋人ではないのに、胸が少し痛んだりした。私はまだ好きなのか。

未練があるのか。でもLINEが来たりすると、何かやっぱり違うなと感じたりして。新しいSNSが誕生すると、携帯の連絡先から勝手にお友達候補に彼が出てきたり、中途半端な接点が定期的に現れるせいで、彼の存在が、彼との記憶が私の中から綺麗さっぱり消えることはなかった。それでも、特に直接会ったりはしないのだけど。

そうしてずるずると、不思議な感情を抱いたまま、私は大学生になった。

私は昔から夢見がちで、妄想するのが好きだった。もしこうなったら、と漫画のような展開に憧れ、でも実際にはそんなことが起きない現実に肩を落としていた。例えば、幼馴染と最終的に結ばれるとか。道端でばったり運命の人に出会うとか。

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そして迎えた成人式の日。二次会で彼と会う。彼は全く変わっていなくて、ただ大人びたスーツを身にまとっていただけ。昔から変わらずに、緊張すると赤くなる耳もあの時のままだった。 耳を赤くさせながら、以前と同じ口調で話しかけられ、ドキドキした。ツーショットまで撮ることになり、これまた自然な流れで、LINEで写真を送り、止まっていた時間が再び動き始めた。

成人式から数日後、自分の部屋で。夜、彼からの電話に出て、やっぱりロマンチストというかナルシルトというか、彼の纏う空気感は昔と変わらず、少女漫画顔負けだった。なんだかんだで、自分から振っておきながら都合よく彼がまだ好きでいてくれたりして、なんて期待していた私も、やっぱり忘れられなかったんだと、彼と付き合うことに決めた。

私は大学生。彼は既に社会人。毎日続くLINE、夜仕事終わりの彼からの電話。よく、風の音が聞こえていた。意味もなく長電話をしては、成人式以来会えていないことに、疑問と寂しさを覚えた。まだ車を持っていない私には、隣県でも遠距離で。仕事をしている彼とは予定が合わなかった。なんと付き合ってから初めて会えたのは、半年後。彼が会いに来てくれて、映画を観て、その後に居酒屋に行った。彼はこの後控えているお泊まりに緊張してか、お酒を飲みすぎたみたいだった。

私のアパートに帰ると、ぎこちなさと緊張感が漂う空気感の中で、寝る準備をした。来客用の布団もない部屋では、シングルベットで一緒に寝るしか手段はなく、中学校以来の距離感で、布団に潜り込んだ。ある程度、今後の展開も覚悟はしていたのだけど、お酒せいで彼はすぐに眠りについた。

緊張して全然眠れない私と、なかなかの大きさのイビキを隣でかく彼。イビキ自体が無理とか、そういう話ではなくて、彼はずっと私の少女漫画の世界の中にいるような存在だったからか、私の中で何かがグラついた。

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朝、彼は目を覚まして、仕事のために早々に家を出た。家を出る前にハグをして。高鳴る鼓動と一緒に、まだ恋人との同棲も経験をしたことのない私は、この一瞬で現実を垣間見た気がした。

彼は、実家暮らし。ある日、電話の向こうから聞こえてくる赤ちゃんの泣き声。なんと、弟が最近生まれたという話だった。あまりの歳の差に驚き、実家に住んでいるということで、お世話もしているらしい彼。泣き声がすると、電話を切るわけでもなく、私はそっちのけでお世話をしていた。

時々聞こえてくる優しくあやす彼の声に、普通の女の子だったらときめくのだろうか。私は何だか、あまりにも彼との生活や境遇が違いすぎることに、漠然とした不安を感じ、彼への思いが冷めていくのを感じた。

彼が悪いわけではない。ただ、違いすぎただけ。大学生の私と、社会人の彼。一人暮らしの私と実家暮らしで弟の世話をする彼。泣き止まない赤ちゃんをあやしながらも、私への好意を伝えてくれる彼。付き合っているのに、仕事も家のことも忙しくて、全然会えない日々。決定打はそれだった、こんなに会えなかったら付き合ってる意味ないじゃん。

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そうして、少女漫画の如く、数年ぶりに元彼に再会し、復縁するというストーリーはあっけなく幕を閉じた。

彼との間に見えないいくつもの壁があって、まだ大学生活を謳歌していた私には、乗り越えられる自信がなかった。まずは、あの頃のような気持ちを、距離を取り戻したかったけど、距離も遠すぎた。

それでも彼にはやっぱり感謝している。沢山の素敵な思い出をくれたこと。だからもう無理に取り戻そうとしないで、私の綺麗な思い出のまま、これからも胸の中にしまっておこうと思う。