韓国には私の最愛の人がいる。恋人?家族?違う。血の繋がりもないし、一緒にご飯を食べたこともない。ただの他人。だけど私にとっては他人じゃない。推しだ。

韓国語だと「本陣」と言うらしい。一番好きなアイドルや俳優に対して使う言葉だそうだ。そう、私の推し。ミュージカル俳優をしていて、私の知る俳優の中で一番演技が美しくて、彼の涙はダイヤモンドと同じだけの(いや、それ以上の)価値があるし、彼の声はまるでカナリア。金の糸を紡ぐような艶のある声をしている。

とにかく褒めまくっているがこの世のどんな言葉を使っても本物の彼を前にしたら全て偽物になってしまうくらい、とにかく見た目も声も演技も、そして性格も、暖かくて優しくて麗しくて、とにかく「美」そのものだ。

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だけど日本人で彼のファンはまだ少なく(当然である、韓国で活動している俳優で、日本語字幕のないミュージカルに出演しているのだから)、彼の生の演技を観たことがある人はまだ多くない。だから私はいつも友人に「私の本陣はこんなに素敵なんだよ」と常に布教している。まあ、世間に気づかれるのも時間の問題だ。

だって彼は本物の美しさを持っているのだから。彼のミュージカルを観に行くときは必ず手紙を書くし(なぜなら私は韓国語を話せないから。日常会話はできても彼の演技の素晴らしさを語るだけの言葉を持っていない)、出待ちができるときは拙い言葉をなんとか手繰り寄せて、まあそれは不格好な言葉を彼に渡している。

彼は私のそんな言葉や手紙の一つひとつに対して勿体ないほどたくさんのお礼の言葉を伝えてくれて、その度に私は(ああ、彼はなんて美しい心を持っているのだろう)と思っている。ああ、この文章、まるでラブレターを書いているみたいだ。私の彼に対する愛は、彼が舞台で届けてくれるたくさんの感情に対する感謝から生まれる愛だ。

以前日本の友人と一緒に彼のミュージカルを観たとき、出待ちのタイミングで私の友達に対してすごく優しく話していた姿も知っている。とにかく彼は美しいのだ。私がここでいくら伝えようとしても伝えきれないほど。

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このようにいつも私は拗らせるほどの愛と関心を彼に抱いている。つい先日、彼が出るショー(ミュージカルではなく、ショーらしい)の告知映像が出た。30秒の告知動画。

色々な曲を歌うから楽しみにしていてね。劇場で会いましょう。と笑顔の彼が言う。うわあ本当に美しいなぁ、といつものごとくうっとりと見つめた。同じタイミングで動画を見た友人が、SNSで彼について呟いた。

「喋り方がもちもちしていて、本当に可愛いね」

喋り方がもちもちしていて、本当に可愛いね?
喋り方が、もちもちしていて……!

ああ本当にその通りだよ! そうなんだ! 彼は美しくて、同時に可愛くもあるのだ!
私はただのファンなのに、彼が褒められたことが嬉しくて、口角が頬から突き抜けるくらいニンマリと笑った。

すると、もう一つポストが増えた。同じ友人である。

「表情筋がたくさん動いて、でもどの表情も本当に綺麗で見惚れたよ」

どの表情も本当に綺麗で見惚れた
どの表情も、本当に綺麗で……!

ああ本当に! 本当にそうなんだ!
次は口角が上がらなかった。気づいたら泣いていた。嬉しさのあまりに。
我ながら気が変になったのかと思った。笑ったと思えば泣き出して、情緒が不安定にも程がある。

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友人の投稿を見て思い出した。出待ちの時の彼の態度を。

出待ちのとき、私はろくに話せなくて、彼に対してモゴモゴと小さい声で喋ったり、翻訳機を突き出して喋るのを諦めたり、とにかく酷い態度だった。思い出したくもないほど惨めな姿だったと思う。

だけど彼は私のことをキラキラと輝くガラス玉のような美しい瞳で見、私の声を頷きながら聞き取り、そして私に対して、ゆっくりと平易な言葉で話してくれるのだ。

そう、もちもちとした可愛い話し方で。そして私のくだらない感想に対してニコニコと目を細めて笑ったり、目を大きく見開いて驚いたりするのだ。私が彼の言葉を聞き取れなくても彼の感情が分かるように、彼はいつも気を遣ってくれる。

そのことに、私はその時やっと気がついたのだ。彼がどれだけ私に気をかけてくれていたかに。一方で私は何なのだろう。勝手に彼を神格化して、綺麗で美しくて大好き! だなんて。なんと単純なのだ。愚かにもほどがある。

でも嬉しかった。まずは、友人が彼のことを褒めてくれたことに。そして彼が私のことを一人の観客として大切にしてくれていることに。
彼の出演が決まってから、毎日ドキドキして、ワクワクして、私はずっと不安定である。まあそれが通常運転でもある。早く会いに行こうと思った。ちゃんと彼の目を見て、次は堂々と話すんだ。