大切なものは、失ってから気づくものだとはよくいったもので、私も、彼女のファンだったと気づいたのは、彼女に会えなくなってからだった。

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彼女はいわゆるインフルエンサーというくくりの人だった。美容系やライフスタイルを中心に、自分らしい表現でSNSや動画配信を行い、共感や憧れを集めていた。美容、ガジェット、料理、旅行。

だから彼女も私にとっては、「たくさんいるうちの一人」でしかなかった。もともと私は情報収集が好きで、いろんなジャンルのインフルエンサーを日常的に見ていたし、彼女のSNSやチャンネルをフォローしていたわけではない。たまにおすすめに流れてきた彼女の動画を楽しむ。ファンを名乗るのもおこがましい。その程度の距離感だった。

けれども、彼女の紹介していたメイクブラシを買った。コスメやスキンケアも、なんとなく彼女のおすすめを選んでいた。知らず知らずのうちに、私は彼女の感性や価値観に触れ、それを生活に取り入れていたのだと思う。

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ある日、彼女が亡くなったという情報がSNSに流れてきた。まさかと思った。嘘だと思いたかった。つい最近まで動画を更新していたし、アンチが流したデマか、あるいは誰かが目立ちたくて言っているのだろうと、私はすぐには信じなかった。ネットには信じがたい噂が溢れているし、何より、突然すぎた。

しかししばらく経っても彼女のSNSは沈黙したままだった。彼女のフォロワーの中にも「信じたくない」と投稿する人は多くいたけれど、それでもやはり現実は静かに確かに進んでいた。

彼女がタイアップしていた商品は次々と売り切れ、廃盤になった。SNSのコメント欄には追悼の言葉が並び続けた。

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私の部屋には、彼女が紹介していた香水がある。毎朝使っているその香りは、彼女の動画を思い出させる。元気よく笑っていた声。ていねいに説明してくれる口調。

何気ない日常の中で、私の心をふっと軽くしてくれていた存在。今はもう、どこにもいないのだと思うと、胸がぎゅっと締め付けられる。ファンじゃなかったはずなのに。

あぁ、もう彼女のSNSは更新されないんだ。インスタのアイコンの周りが赤くなることも、YouTubeに新しい動画が上がることも、彼女がXで軽い炎上をして「またか」と笑うことも、もう全部ないんだ。

そう思った瞬間、私は自然と泣いていた。ファンだったなんて、今さら言う資格はないかもしれない。でも、彼女の言葉や感性が、私の毎日に溶け込んでいたことは事実だった。

私にとって、彼女は「画面の向こうの誰か」ではなく、日常の中に静かに寄り添ってくれる存在だった。

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私のように、彼女のことを“なんとなく見ていた”という人はたくさんいると思う。その“なんとなく”が、日々を支えていたことに、私はようやく気がついた。彼女の声を聞きながら支度をした朝も、疲れてベッドに倒れこみながら見た動画も、全部、大切な記憶だった。

私は、あまりにも身勝手なファンだ。生きているうちにもっと応援していたらよかった。もっと言葉を届ければよかった。私の小さな「いいね」一つでは何も変わらなかったかもしれない。でも、もしかしたら、ほんの少しでも彼女の心が温かくなる瞬間をつくれたかもしれない。

「好き」って、言葉にしないと伝わらない。画面の向こうの人にも、きっと届くと信じていればよかった。今なら言える。私は、彼女が好きだった。ありがとうって、伝えたかった。

もう二度とその思いは本人には届かないけれど、この想いだけは、胸の中でちゃんと残しておこうと思う。

これからも、香水をつけるたびに、ブラシでメイクをするたびに、私は彼女のことを思い出すのだろう。彼女がくれたものを胸に、毎日を丁寧に歩んでいこうと思う。