ヴッ。
コートのポケットの中でスマホが小さく震える。取り出してスワイプすると、LINEメッセージが1件。Yちゃんからだ。
「ごめん、少し遅れる」
ふふふっとした笑いがつい漏れる。どうして私の仲の良いやつらはみな一概に遅刻魔なんだ。
「りょ。寒いから先はいる」
すぐにそう返信し、先ほどから外で待っていたバーの店内に入る。

時は、2022年12月30日20時5分。ここは私とYちゃんの地元のいきつけのバー。私が地元で迎える最後の年末の仕事納めの日に、幼馴染で親友のYちゃんに誘われたのだ。親友とはタイミングが合うやつの同義であるとも思ってしまう。

◎          ◎

「あー本当になんで○○なんて中途半端に遠い所で同棲するの?私が遊びに行く電車賃考えろよ」
「別荘できたと思って定期購入しな。Y用の来客用布団もう買ってあるから」
「本当まよいない地元誰バー呑み誘えばいいんだよ」
「私も○○でバー開拓しなきゃ……。でもさあ、」
「ここ以上の所ないよね」
「ここ以上の所ないよね」
と最後は綺麗にハモる。

10分遅刻してきたYちゃんはカカオフィズ、私はストロベリー系のカクテルを片手に、いつものように話が盛り上がる。そんな私たち2人を見て、バーテンダーさんが口を開く。
「本当に仲いいよね、いつからの付き合いなの?」
「10歳の頃からだから、18年」
区切りの良い数字だから、長い年月の割にすぐに答えが口を出る。
「長いね!凄いなあ」というバーテンダーさんの褒め言葉が、少しほろ酔いの頭にすっと入ってくる。
うん、長いと思うし、そして凄いとも思う。お互いこんなに面倒くさい性格をしているのに、わりかし奇跡だ、とも。

バーで2時間飲んだ後、カラオケに移動して2時間。最高の納会となって深夜24時に解散した。

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翌日、大晦日2022年12月31日。
朝から忙しかった。父母と柴又の帝釈天で買い物をし、お昼に極上の天丼をご馳走になった。家に帰りエッセイを一本書くと、夕方には○○へ移動した。新居に1か月先に引っ越して生活基盤を整えてくれている彼氏のアパートで、年越し鴨南蛮そばを作った。

初めて紅白歌合戦を見ない大晦日を過ごし、年納め花札大会では負けていじけた。そんないじけている私を見ながら彼氏は半笑いで一人桃鉄をやっている。100年対戦をやっていて99兆なんてイーロン・マスクもびっくりの資産を稼ぐ。観戦していたら、いつのまにかのそっと2023年になっていた。

2023年1月1日。それぞれの両親に挨拶するために、朝彼氏と二人で○○の新居を出発し、地元へ戻った。片道1時間半の新年の電車はガラガラだった。地元駅に着いた瞬間、引っ越してから1か月、生まれ育った土地に初めて帰ってきた彼氏は「ああもう懐かしい」と大きく息を吸った。

電車で1時間半なのに、そのしぐさが何かおかしくて、「そんなもん?」と笑いながら聞くと、「まよもすぐ分かるよ」と笑い返された。
彼氏のご両親に挨拶に行ったら、「同棲したら色々大変なことあると思うけれど、2人で乗り越えてね」と温かいお言葉とともにお土産の甘酒を頂いた。実家では家族とともにおせちが待っていて、尿酸値が高いことを今日ばかりは忘れて、私の好きないくらとサーモンをたらふく平らげた。

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1月2日も3日も家でゴロゴロしていて、仕事初めの4日なんか調子が悪いと思って朝検温したら、38.3℃が出た。まさか、と思った。病院へ行った。その、まさか、だった。新年早々コロナに罹患していたのだ。
実は2日前には母が、そして私の1日後には弟も発症し、我が家はにわかにコロナ陽性患者の巣窟となってしまった。頼みの綱は、単身赴任していてお正月帰省していた父だ。3人分の看病と家事炊事が全て父に委ねられた。

40.0℃の高熱と咳、頭痛、のどの痛みに襲われた。「お父さん、お茶ちょうだい」と隔離されている部屋からリビングへ電話すると、のどがガビガビで、その声は今まで聞いたことがないそれだった。

眠りにつこうとしても、暑かったり寒かったり体温調整が上手くいかず、30分ごとに起きてしまう。ベッドの中で、厚着をしては脱いで、また寒くなってそれを身に着ける、の繰り返し。

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そんな断続的な眠りの中でも、目を覚ますとベッドの横に、きれいに剥かれたりんごや、私の好きなゼリーやヨーグルト、きちんと畳まれた着替えが置いてあった。「お父さん、薬飲みたいから冷たい水持ってきて」と言えばすぐに冷たい水を、「寒いからあったかいお茶が欲しい」と言えば魔法瓶にあったかい緑茶を入れてきてくれた。
私だけでなく、朝6時半に玄関先でごそごそお父さんが出かける準備をしていたので、「どこでかけるの」と聞くと「弟がポカリ欲しいって言ってたから買いに行く」と言って、コンビニへ出かけて行った。

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このエッセイを書いているのは2023年1月9日。熱は下がり、隔離期間はまだ残っているが、明日からは在宅勤務で仕事復帰をする。今日は成人の日だが、28歳の立派な大人になった今でも、地元に、実家に戻ると、私は守られているのだな、とコロナにかかって痛感した。
でも、そんな「ふるさと」を、私は2月に出ていく。

ここは、私と私のパートナーが28年間生まれ育った場所。
行きつけのバーがあって、小学校から通い詰めたカラオケがあって、自分の好物を笑顔で用意してくれる実家があって、その実家では鴨南蛮そばは作らずとも出てきて、28年間体調が悪ければいつだって親身に看病してくれた家族がいて、会いたいと思えばLINEのメッセージ一言で15分後に待ち合わせる友人がいて、その友人たちが少しくらい待ち合わせに遅れてきてもなんか許してしまって、その歴史があって、思い出があって、青春があって、何もないけれど、その全てがあって。
多分そんな場所を、人は「ふるさと」と呼ぶのだろう。

これからは○○で、一から「ふるさと」を作っていくのだ、と成人の日の今日、私は一人気を引き締めている。
2023年、コロナから始まった激動の今年は、きっと激変の一年にもなる。