「ごめん」と口癖のように謝っていた。それについて恋人に「ごめんってすぐ言うよね」と怒られた。私は気を付けるようになった。すると今度は「あなたって謝らないよね」と怒られた。
私は口癖のように謝っていたのではなく、「ごめん」が口癖だったのだろう。「ごめん」と言うのは簡単だった。

いや、私はちゃんと謝っていたと思う。でもそれは怒らせてしまったことに対してだった。怒らせてしまった行為を反省した謝罪ではなかった。私はいつも怒らせてしまったことについて謝っている。怒らせたことを申し訳ないと思うけど、怒らせた行為については申し訳ないと思えない。
正直、いつも恋人がなぜ怒っているか分からない。そもそも恋人は滅多に怒ることがないのだが。しかし、なぜ怒っているか分からないということは、私は悪いことをしている自覚がないということだ。

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喧嘩はしょっちゅうなので、原因や内容は覚えていない。その時の喧嘩は程度がいつもと違った。恋人は頭を冷やすために外に行った。これは良くあること。しかし、ここからがいつもと違った。

私は怒り、悲しみが収まらず、しばらく一人になりたかった。だから家のチェーンをかけたのだ。鍵だけでは、恋人が帰ってきたら入って来られる。絶対誰にも邪魔されない時間と空間が、その時の私には必要だった。そうしてチェーンをかけたとLINEで説明する間もなく、恋人が帰ってきてしまった。

いつもはもっと長々ぷらぷらしているのに、今日に限ってお早いお帰りであった。私には事情を説明しに行く気力も、チェーンを開けに行く気力もなかった。チェーンがかかってるのを確認して、恋人はすぐ立ち去った。そうして私はやや不本意ではあるが、恋人を閉め出してしまった。

閉め出されたことに対して、恋人はものすごく怒った。でも、私はなんで恋人が怒っているのか分からなかった。ここは私の家なんだから、私を怒らせたら追い出されるのも、閉め出されるのも仕方がないというか、当たり前ではなかろうか。恋人は嫌になったら自分の家があるんだから、帰ればいい。私は喧嘩してもここが自分の家だから逃げようがない。このように思っていた。

実家では父を怒らせたら追い出されかねないから、父を怒らせないようにしていたし。

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でもあまりの恋人の怒り様に、私のこの感覚はおかしいのかなと思った。確かに私はそんな父が嫌になって家を飛び出した訳だ。けして良い考えではないだろう。

言い訳をするならば、父は己が大黒柱である、家長であるという面で威張り散らしていた。私は、ここは自分の家で、自分にとっての安全地帯である。そのため私の安全を脅かす者は、何人たりとも立ち入らせない、たとえ恋人であっても、という心づもりである。
そう考えると私の対処も理解できようが、とはいえ閉め出された側はそうは思えないだろう。恋人は私を怒らせたら閉め出されるとは夢にも思っていなかったのだろうか。それほど信頼されているということか、舐められているのか。ちなみに浮気したら真っ裸で閉め出すと宣言している。

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時々恋人はこの時の話を蒸し返して、いつになく怒る。信頼に背いた、悪いことをして申し訳ないという考えはあるものの、自分を守るために仕方がないことだという気持ちがあり、私は未だに謝れていない。

例のごとく、怒らせたことは謝っているような気がするが。私が閉め出したことを謝っていないし、反省もしていない感じなので、恋人は余計怒るのだろう。

自分を守るため、は言い訳でしかない気もする。だってどんなに思い返しても、私は悪いことをしたと思えない。反省できない。今更親から離れたところで、ろくでもない親に育てられた私もまたろくでもないのだ。
頭で分かっていても、心が納得しないと謝れない。ごめんと言うのは簡単で、ごめんと謝るのは難しい。ろくでもない私で恋人には申し訳ない。