2020年、本当に何もせず終わってしまった。
しかし、ひとつ大きな変化があった。
二十数年ずっと住み続けた実家から出たことだ。
ほとんど自然災害。もう母といえば怒りというくらいに怒っていた
母≒怒り、怒り≒母。防ぎようのない自然災害の中生活していた。
毎日家に帰るのが億劫過ぎて、仕事帰りにストロング酎ハイ500mlを2缶飲んでやっと実家に帰ることができた。
実家には母と犬。母は神経質でデリカシーがなく自分の予定通りにしないとすぐ怒る。もう母≒怒り、怒り≒母なのだ。彼女の毎日は時間割がキッチリと決まっている。狂わせる人間を全て悪なのだ。できるだけその時間割を狂わさないように、地雷を踏まないようにそーっと生活する。母がやってほしそうなことを先読みして先読みして怒られることを未然に防ごうと努める。それでも怒る。もうほとんど自然災害。防ぎようのない災なのだ。
そんな災いの毎日から、付き合って2年経つ彼氏に「一緒に住もうよ」。話はとんとん拍子に進み、実家から1時間くらいの場所で同棲を始めた。
なんということでしょう。
人がこんなにも怒らないだなんて。「何もやる気が起きない」と言ってダラダラしていても母の場合、「何様のつもりだ!!」と地雷を爆破させていたのに。「そっか、わかった」で済むなんて。これは大きな革命だった。次第に家事も手際よくできるようになってきた。それでもわたしは人よりもできないことが多い。「ごめんね」と謝ると、「何が?全然できてるよ!助かってる」なんて言う。人って、こんなに怒らないのか!!
閃いた。「自分を責めるのではなく労働の内容を変えよう」
「労働ができない人間ならば、自分でできる労働をすればいいじゃない」。覚醒の一撃。
普通に労働しているつもりが、気がつくとすぐ病気になる。夜は眠れないし昼は眠い。暴飲暴食して夜中胃の内容物を延々と吐き続ける。熱はないのに意識が朦朧とする。時間より1分遅れて怒られる。「人として礼儀がなっていない」と説教が始まる。職場に着くと猛烈にお腹が痛くなって延々とまた腸の内容物を垂れ流し続ける。しまいには救急車で運ばれる。
なんで普通に働けないのだろう。金のためにと割り切って労働ができないんだろう。なんで理不尽なクレームを言ってくる客にすぐ謝れないんだろう。なんでちゃんと労働ができないような人間なんだろう。
労働ができない人間ならば、自分でできる労働をすればいいじゃない。わたしの中にアンチ労働マリーアントワネットが降臨した。
「フリーランスになれたら?」と思うと、生きる希望が燃え上がった
なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。
無理だ、どうせアルバイトだけしてストレスで病気になってしょぼく死んでいくんだと思ってた。
「もしフリーランスになれたら?」。そう思うと生きる希望が一瞬で燃え上がった。
不定期にやっているブログの文章でお金が少しもらえたら?それをたくさん書くことができたら少しはアルバイトを減らしてでも生活ができるのでは?そうすれば自分に自信が持てるのでは?嫌なことがあってもまたそれが書くことへの原動力になるのでは?それをずっと続けられたらやりたくもないアルバイトをやめられる日だってくるのではないか?
人生の曲がり角、27歳、さぐ櫻井と申す。
3年後の30歳までにはプロフィールに「作家」と書けるようにする。
この一字一句はピストルの弾丸なのだ。誰かの心めがけてパチパチと撃ち込む弾丸。
また新たな弾丸を込めて、あなたの心を射抜くその日まで、希望を撃ち込み続ける。